ぼくのとうさんのしごと

隅田 天美

第1話 ぼくのおとうさんのしごと

 その日。

 佐藤幸さとう こう少年の足は重かった。

 いや、つい数分前まで集団下校で同じ商店街の仲間たちと歩いていた分にはふざけたり、冗談を言い合って、多少は軽かった。

 見慣れた商店街。

『シャッター通り』なんて店が無くなって無人の寂しい商店街から比べれば、ここの商店街は近隣の老人や主婦が来る活気あふれる商店街だ。

 イベントも多い。

 今は、その合間だ。

 もう少し季節が過ぎると、やれ七夕だ、やれ夏休みだ、と商店街は派手になっていく。

 佐藤少年の家は、この商店街で長く床屋をやっていた。

 二階が住居になっていて家への出入りは店を通らないといけない。

 整髪料などのにおい、ところどころ剥がれた床、古い設備……

 本屋でみる『イケメン』の『カリスマ美容師』の店とは比べ物にならない。

 そうみると、商店街自体が『ダサい』。

 商店街の仲間の親も、規模に差はあれ銭湯や魚屋をやっているがやっぱり、何処かあか抜けない。

 せめて、自分の店でもあか抜けた店にしようと夕食のときに話したことがあるが、父は苦笑していた。

――何もわかってないなぁ

 そんな表情だった。

 分かってないのは、父のほうだ。

 そういえば、仲間と通っている道場も『ダサい』。

 第一、五右衛門風呂なんているの時代のものだろう?

 そんな年代物の道具が、当たり前の道具として使われている。

 でも。

 でも、そんな中でも、『石動肇』という男の人はカッコいい。

 バカでかい師匠(彼もダサい、というか服装や言動がよくわからない)相手に対等に戦ってカッコいい。

 映画のワンシーンのように思う。

 車もカッコいい。

 他の車がワゴン車なのに黒のスポーツカー。

「気になるか?」

 五右衛門風呂で汗を流した石動が家に帰るため、車のところに来た。

「う……はい」

 そういうと、助手席に座らせてくれた。

 自分も映画のワンシーンに入ったようでうれしかった。

 運転席で彼、石動はスマートフォンで何かを話していた。

 道着を脱いでも、私服でも彼はカッコいい。

 感心していると、師匠に襟を掴まれ、半強制的に出されたが……

――やはり、彼のようなカッコいい人はこんな商店街に来ないのだろう


 そんな暗澹あんたんたる気持ちで店のドアを開けると、声がかかった。

「おかえり」

 声がかかった。

 二つある席の奥に師匠の息子(彼もダサい)と手前に石動がいた。

 散髪用ケープをかけて……

 これに幸は半ば混乱した。

「正行さん、髪洗うんで来てください」

「はーい」

 師匠の息子は名前を呼ばれると父のいる洗髪場へ向かった。

「なんで、いるんですか?」

 思わず言った。

「髪の毛が伸びたから切りに来ちゃダメかな?」

「いえ、悪くはないですけど……」

「正行さーん、かゆいところないですか!?」

 正行の髪を洗う音がする。

「『仕事に貴賤はない』」

 石動が呟くように言った。

「きせん?」

「仕事に偉いも偉くないもない。俺も仕事をやっているが、カッコいい事ばかりじゃないってことだ。下げたくない奴に頭を下げることはざらだ」

 幸は考えた。

 石動は続けた。

「仕事は誰か一人で全部できるわけじゃない。誰かと繋がっているということだ」 これを聞いて、急いで二階に上がった。

 それから、母が注意するのも聞かず、勉強部屋に入ると鞄から原稿用紙を出して鉛筆を握り、こう書きだした。


『ぼくのおとうさんのしごと

                               さとう こう

 ぼくのおとうさんのしごとはとてもカッコいいです。………』

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