第58話


 開始の合図で、サナトさんが10mの距離を一瞬で移動し、一気に上段から切り込んで来る。

 この人は速い。剣速もいままで人とは段違いだ。


 しかし、最初の10mの移動が瞬間移動の様に見えて(目で移動を追えなかった)、海渡は一瞬焦る。

 目前の剣を横なぎに払い、左へ素早くステップする。


「ほう、あれを躱すか・・・。流石だな」


「今の移動は目で追えませんでした。ビックリしました。」


「そうか、あれは『縮地』と言うスキルだ。だがあの縮地からあの距離の一撃を初見で躱されたのは、初めてだ。いや、本当にその若さで恐れ入るな。まだまだ行くぞ!」

と追撃をかけてくる。


 なので、一段ギアを上げ、30%ぐらいのスピードで攻撃を掛ける。

 直線から左へステップしながら、胴を狙うが、刀の軌道上に剣を滑り込ませてきて、いなされる。

 そして、力業でそのまま上へ刀を上げさせようと、押して来る。

 その力を、体を捻る回転でいなし、体を低くして右へと移動する。

 危険を感じたのか、サナトさんが、後方へとバックステップし、7mの距離が開いた。

 次の瞬間、またさっきの縮地を使って目前の上段から袈裟懸に切りかかって来る。

 海渡は、その一撃を真正面で受け止め、少し力を籠めて押し返す。


 サナトさんの体が地面から離れ、5m程後方へとバランスを崩しながら飛ばされる。

 その一瞬に海渡はトップスピードで懐へと切り込む。


 姿を見失ったサナトさんは、躱す事も何が起きたのかも判らず、気が付くと胴に寸止めされた木刀がそこにあった。


 一瞬、シーンと静まりかえり、固まる場内。


 そして、

「「「「「うおぉーーーー」」」」」

と言う歓声が沸き上がった。


 サナトさんは、両手を上げて、降参を示している。


「おい、今の見えたか? 何がどうなった?」

「ふっと消えた瞬間に終わってたよな。」

「と言うか、あの体で団長を弾き飛ばしたよな?」

「団長って、確かLv70とかじゃなかったか? 剣術はLv10だったよな?」

「俺、初めて団長が負けるのを見たぞ!」

と驚愕の声が聞こえてくる。



 サナトさんと握手をしながら、

「いや、カイト殿、最後までカイト殿の全力を引き出せなかったな・・・」

と言われ、試合中に感じていた疑問を投げかけてみる。


「あの縮地と言うのはビックリしました。 しかし、疑問に思ったのは、みなさん、何で『身体強化』を掛けないのでしょうか?」

と。


 すると、

「何だ?その『身体強化』ってのは?」

と返された。


 そこで、椅子へと戻り、魔力の循環による『身体強化』の説明をしてみた。

 そしてやっと判明したのだが、元々この世界の知識では『身体強化』と言う概念が無いと言う事で、初めて聞いたと言われビックリした。


「え?だって、結構魔物とかも使ってますよね?」

と聞くと、鑑定スキル持ちでも 魔物のレベルやスペックぐらいは、判る奴も居るが、スキルまでは見えないのが一般的なんだそうだ。

 なので『身体強化』と言う存在を知らなかったらしい。


 と言う事で、『身体強化』を使う為の手順として、まずは『魔力感知』と『魔力操作』を覚える必要がある事を説明した。

 アルマーさんからも、騎士の皆さんからも、「訓練に取り入れます!」と痛く感謝されたのだった。


 なるほど、ラノベの常識から入った俺には、聞きなれた身体強化だけど、この世界の人には、その発想がなかったんだな・・・と。


 まあ、結局これ以上は試合しても無意味と言う事で、騎士団との模擬戦は、終了となった。


 そして、今度は魔法兵の一団(正式には魔法部隊と言うらしい)の所へと移動した。

 丁度、魔法で射撃訓練している所だったので、近くで見学させて貰ったら、魔法部隊の隊長と言う人がやって来て、ご挨拶。



 まずは、どんな魔法を使うのか、見せて貰う事にしたのだが・・・、

「この手に集い敵を撃て、ファイヤーボール!!」

とか言いながら、飛ばしてました。


「・・・・」

 思わず絶句する海渡。

 何、これ中二病的な何かなの?

 ソフトボールぐらいのファイヤーボールがヒョロっと飛んで、的に当たった。


「如何だろうか?我が魔法兵は?」

と魔法部隊の隊長に聞かれ、何と答えれば良いのか、海渡が言葉に迷ってしまった。


「・・・・」


「是非カイト君の魔法を見てみたいのだが、どうだろうか?」

とアルマーさんの催促を受ける。


「今度は、私の番ですね!」

とフェリンシアが、空いてるレーンに立ち、サクッとアイスランスを発動して、

「シュドーーン」

と音を響かせ、的を破壊した。


 周囲の人は固まり、その中、フェリンシアがスタスタと戻って来て、

「他に被害出ないように、上手く加減出来ました♪」

と、褒めて褒めて!って感じで言ってきた。


 再起動した一同が

「「「「なんじゃーーー!?」」」」

と叫んでました。


 そしてアルマーさんは、

「なんと無詠唱なのか」

と呟いております。


 その言葉で察しました。 なるほど、さっきの恥ずかしい独り言は、詠唱だったのか?と。


 で、この世界ではテンプレ通り、詠唱による魔法発動が普通だんだな・・・と。

 そして先に、魔法の本を閲覧しなかった事を深く後悔しました。



「あの・・・アルマー様、ちょっとこちらでご内密にお話しが」

とお願いし、コソコソと話をしました。


「あの、この国の魔法って基本的に詠唱しないとダメって事でしょうか?」


「その反応をみると、君らは詠唱を必要としないのだな? しかも手加減してあの威力か・・・」


「はい。正直な所、ここまで差があるとは思ってなかったので、何ともコメントし辛い状況でして。」


「なるほどな・・・。言いたい事は理解した。 よし、一旦書斎で話そうか。」

と言う事で、逃げるように、書斎へと戻り、現在紅茶を飲みながら、話をしてます。



「何か色々すみません。どうやら、私達が親から習った魔法は、こちらでは非常識なようで。お教えする事も可能ではありますが、それによって逆に問題が生まれるのではないかと心配してます。」


「それは、国と国とのパワーバランスを含めの事だな?」


「はい。この国がどういう方向で政治を行っているのか、存じません。例えば、絶えず侵略戦争を起こし、人々を苦しめる様な国だったら、私がパワーバランスを崩す事で、一気に対戦国の死体の山が出来る可能性があります。

 アルマー様を見て、この町を見て、そんな国ではないと思ってます。

 しかし、将来的にも不変とは限りませんし、無条件に考える事を放棄し、流されるままに、お教えするのは危険だと思ってます。

 あとは国と国とのパワーバランスだけでなく、国内の既得権益を脅かす事にも繋がりますので、それによって諍いが起きないとも限りません。」

と海渡が懸念を語ると、


「カイト君は、本当に賢いな。そこまでその歳で考えられるとは・・・。言いたい事は判った。魔法に関しては教える必要は無い。

 但し、私も国王様より、この辺境を預かる一貴族として、国王様への報告をしない訳にはゆかん・・・。

 なので、報告はするが、理由も含め、国王に『教え』を強要する事が無いように進言しよう。もしもの際は、君らは自由にこの国を出ていってくれて構わん。

 ただ、安心して欲しいのは、わが国の国王様はとても賢く、国民を大事に考えてくれるお方だ。幸い君らが冒険者として登録を済ませている事で、もしもの際はギルドも盾となり、君らの自由を守るだろう。

 ギルドとはそういう物だ。私も出来る限りの尽力を約束する。最悪の場合、この身を賭して、君らを逃がす。 と言う事で納得してくれないか?」

と言われた。


「ご理解頂き、ありがとうございます。貴族と言う立場もあるでしょうから、最悪の場合は、ご迷惑をかけないように、身を隠す方向で考えます。

 まあそうならない事を切に祈ってますが・・・」


「君は本当に賢いな。その歳で、その配慮と知識・・・そしてその実力。ただただ恐れ入るばかりだよ。」

と感心されるのであった。


「では、昼までの間、暫く蔵書を拝見しますね。」

とフェリンシアと一緒に書斎を後にした。


 今までは、レベルを上げて、単純に森から出る事だけを考えていたが、どうやらこの世界の中で、俺は完全に浮いている存在だと言う事を痛感した。


「どうにも、この歳の体が歯がゆいな・・・」

 と小さく呟き、まあしかし、現在はまだ不確定要素だらけでなので、取り合えずはアルマーさんとこの国の国王様の良心を信じよう・・・決定的なその時が来るまでは・・・ と心の中で気持ちを切り替えるのであった。

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