第21話 事情聴取 呪いの秘密

 私は自室の205号室に入り、部屋の四隅とテーブルに置かれた燭台に新しい蝋燭を差して火を灯す。

 そして、備え付けの椅子に腰掛けた。


「ふあぁ……」


 これまで睡眠もとらず動き詰めだったため、どっと押し寄せる疲労感に思わずため息が漏れてしまう。

 こんなだから旦那呼ばわりされてしまうのかもしれない。と、どうでもいいことに意識をもっていかれそうになるのを頭を振って切り替える。

 おあつらえむきに一台のテーブルに二台の椅子が備え付けてあったので、もう一人には対面に座ってもらうことにしよう。


(とにかく、この聴き取りと明文化で結論を出さないと……)


 この国において容疑者の拘束は一日が限度とされていて、それ以降の聴取は全て任意となり法的な拘束力はなくなる。それはひとえに、この国では長らく犯罪捜査という行為がほとんど無意味だと考えられていたからだ。

 探偵という感触が設置された今でも、その風潮は根強い。

 もちろん王女派は法改正を進めようとしているが、国王——宰相派の反対によりそれも難航状態にある。

 だから、彼ら容疑者をいつまでもここに引き止めることはできない。


(少なくともセニスさんは私のこと嫌ってる気がするし、任意では応じてくれそうにないからなぁ……)


 そんなことを考えながら後頭部に両手を組んで身体を椅子ごと後ろにゆらゆらさせているとドアをノックする音が耳朶じだを打って、あわてて体勢を正す。


「ど、どうぞ」


 ドアが開く。

 ——さて、一人目は誰だろう。序列的に、やはり辺境伯あたりだろうか。

 そう考えたが、開いたドアの先にいたのはアイラさんだった。


「こちらへ」


 私は半分立ち上がって、対面の席へ座るよう手で促す。

 アイラさんは足音をほとんど立てず歩いてきて、小さく会釈するのを忘れず椅子に腰かけた。長年の使用人生活で、これらの所作が身体に染みついているのだろう。

 同時に私も腰を戻す。そして、やはり気になったので雑談程度に触れてみることにした。


「アイラさんが最初とは、ちょっと意外でした。アイラさんが無実なのはほとんど分かっていますし、最後をお望みになるかと」

「私もそう言ったんですが、グーダルク様が『こういうのはレディーファーストだから』と仰ってくださいまして」

「ああ……なるほど」


 彼がいかにも言いそうな台詞だ。

 まあ、であれば、ささっと明文化して済ませてあげるべきだろう。

 アイラさんの身に宿る理外の力は地下牢で明文化済みで結果は既に分かりきっているが、明文化した内容が法的な意味合いを持たせられるのは王女の認印が捺されたこの用紙のみ。二度手間ではあるのだが、これは仕方がない。


「念のため確認させて頂きますが、ご自身に宿る理外の力が明文化されることを拒否されますか?」

「いいえ。これがイマジカ様のお役に立つのならば、喜んで」

「わかりました。――では、はじめます」


 私はテーブルの上に出力用紙を広げる。


「私の目を見てください」


 これは別に必要な手順ではないのだが、なんとなくこの手順がルーティーンと化している。

 理由があるとすれば、多分私は、相手と目を合わせて明文化を行うことで、一方的な能力の使用ではないこと――、同意の上での能力の使用であることを暗に示したいのだろう。

 アイラさんが私の目を見る。私は、真実の眼を使用した。

 出力用紙に、魔法、呪い、特異体質……それらの文字が浮かび上がり――消えていく。

 それらの下部には、何も浮かび上がらなかった。

 つまり、彼女は魔法を習得していないし、特異体質でもない。

 そして――


「呪いに……かかっていない……?」

「えっ……」


 私の言葉に、アイラさんが驚きに身を固くする。彼女は視線を落とし、


「呪いの紋様は――!」


 急いでエプロンドレスの胸元を大きく開く。


「紋様が、ない……」


 彼女が呟いた通り、彼女の胸元に黒薔薇の紋様は認められなかった。

 彼女は私に、驚きに見開かれた目を向けて呟いた。


「呪いが、解けてる……?」


 私も、ひどく困惑していた。

 どういうことだ。なぜ、彼女の呪いが……。

 そうだ、そもそも、彼女は呪術師から、私を見張り、決して逃がさないようにと命令されていた。つまり、本来であれば彼女はその呪いによって、呪術師が死んだからといって、あの地下牢から私を逃がしていいはずがなかったのだ。それができたということは、呪いが解けているということ。

 しかし、昨夜見せてもらった彼女の呪いの紋様は、黒薔薇の紋様だった。

 つまりあれは間違いなく、グラムルのかけた呪いだった。だが、グラムルは彼女の呪いを解く前に、何者かに殺されてしまった。

 それが解けているということは……。


「わ、私っ――、ずっとイマジカ様と一緒に地下にいました!」


 そうだ。そんなはずはない。

 彼女がかつて路地の奥で呪術師を殺して呪いが解けたように、グラムルを彼女が殺し、かつてと同じく何らかの理由から呪いが解けた可能性を一瞬想像したが――、それは不可能だ。

 グラムルが地下牢から自室に戻ってから、彼女はずっと私といた。

 彼女に、グラムルを殺すことはできない。しかし、ではなぜ、呪いが解けたのか……?

 私はそれを思案し、あることを思い出した。

 ――そういえば地下牢でグラムルは、こんなことを言っていた。

 私に、『殺されるわけにはいかない』と。私であれば、『その言葉の意味が理解できるはずだと思った』と。

 その後にも、私が呪いにかかっていると勘違いしていたような口ぶりだった。

 つまりこういうことになる。彼は――


「呪いにかかった私に、殺されるわけにはいかなかった……?」

「……どういうことです?」

「私の母はかつて、全ての呪いを等しく解く方法を見つけ出していたんです」


 えっ、とアイラは目を丸くする。


「どんな呪いも等しく……そんな方法が本当に……?」

「ええ――。ですが母は、それを誰かに伝える前に、謂れなき罪で殺された。今思えば、あれはあまりにタイミングが良すぎた。母はきっと、口封じのために殺された——」


 私はあの時のことを思い出し、組んだ手を額に当てる。

 あの日、私は母に頼まれて買い物に出たとき、母の大発見の自慢をしたくて、無邪気にも街でそのことを触れまわったのだ。 


「やはり本当に、呪術師の解呪以外にも、呪いを解く方法は存在したんです。アイラさんの証言。そして、現在の状況に鑑みて導き出されるその内容は——


 呪いをかけられた者自身が呪いをかけた呪術師を殺した場合、その呪術師によってかけられた呪いは、全て解ける


 というもの」

「なっ――!」


 アイラは口元を押さえ、絶句した。

 無理もない。私が口にしたのは、『呪いをかけられた呪術師を殺してはいけない』という呪いに対する従来の価値観を完全にひっくり返す内容だったから。

 だが思えば、ヒントは既に与えられていた。

 私がこれまで出会ってきた呪術師殺害事件において、その加害者は全員が呪いを受けた当人ではなくその近親者だった。

 少なくとも私は、単身者や身寄りのない者を狙って呪いをかけたという事例には出会ったことが無い。

 今思えば、単身者や身寄りのない者に呪いをかけた場合、その本人が復讐にやってくる可能性が高いからだったのかもしれない。

 それにグラムルは地下牢で、この宿を訪れたのが私か狼男のどちらかだけだったならどちらも泊めることはなかっただろうと言っていた。

 あの時はただ不可解な物言いだったと思っただけだったが、解呪の方法が私の予想通りだとするならばそれにも説明がつく。

 グラムルは私が呪いにかけたと思っていて、私が呪いの解き方を知っていると勘違いしているような口ぶりだった。

 そして狼男の額には、〈裂傷の呪い〉の付与された短剣による裂傷れっしょうがあった。つまり彼も、間接的に呪いにかかっている状態だったことになる。

 私は恐らく、例え凶器がなくとも、彼を殺そうと思えば殺すことができただろう。私にできるなら、とうぜん狼男にもできるはず。

 もし仮に私だけがこの宿を訪れていた場合、私を捕らえるために必要な手ごまが足りない。そうなれば、彼は私に殺される可能性が出てくる。

 狼男だけがこの宿を訪れていた場合、多額の解呪金をせしめる相手として、狼男は力を持ちすぎている。逆上し殺される可能性を考えれば、グラムルは無性に近い形で呪いを解くことになっただろう。

 グラムルはあの時、『明日、約束通り狼男の額の傷の呪いを解いてやる』というようなこと言っていた。

 要するに彼らは、私を捕らえることを狼男が手伝う代わりに、呪いを解いてやるという契約をかわしていたのだ。

 私と狼男が同じ日にこの宿を訪れたことで、呪術師は私に殺される前に私を捕らえるための手ごまが揃ったと見て、私を泊めた。

 私が彼の呪いにかかっていると勘違いしていたからこそ、そして狼男が彼の呪いに間接的にでもかかっているからこそ、グラムルが私たちを単独でこの宿に泊めることは、大きなリスクを伴うことだったのだ。

 彼ら呪術師が最も恐れているのは、呪いをかけた相手に殺されることだから――。


 ***


 次に部屋を訪れたのは、タグだった。

 先ほどは大きな寝巻によって隠れていて気が付かなかったが、対面に座った彼の腕に腕輪のシルエットは無かった。

 やはり呪いは解けているのだろう。


「腕輪、外れたんだね」

「ああ。昨日の夜、腕に違和感を覚えて目が覚めたんだ。そしたら、腕輪が外れてた」


 やはり昨夜、呪術師が殺された時点で、呪いは解けたのだ。

 彼の理外の力を出力してみても、彼の身には何の力も宿ってはいなかった。


「ありがとう。あとは、昨日の夜のことを聞きたいんだけど……昨日の夜、タグ君は起きて、何をしていたの?」


 彼が犯人かどうか、その判断はほとんど既に私の中では済んでいたが、念のための確認。そのつもりだった。

 ——だが彼は私の問いに、思わぬ答えをもって返した。


「実はおれ、昨日の夜、腕輪が外れた理由を聞こうと思ってすぐに呪術師の部屋に向かったんだ」


 なっ――!?

 心の中で大きく驚くが、なんとか冷静に続きを促す。


「う、うん。それで?」

「でも、呪術師の部屋には入らなかった」

「どうして……?」

「部屋の中から、人が出てきたから」

「なっ――!?」今度こそ、声に出た。

「おれは廊下の曲がり角からこっそりみてただけだから向こうは気づかなかったみたいだけど、出てくるとき、そいつは『さようなら』って言ってた。それで怖くなって、部屋に戻ってベッドにくるまったんだ」


 思わぬところで、思わぬ目撃証言を得られた。

 彼が犯人であり嘘をついているわけでなければ、これは現時点で最も重要な証言と言えるだろう。


「た、タグ君は、犯人を見たってことだね……。ちなみに、それは間違いなく、人だったんだよね――?」


 小さな目撃者は、自身満々に言った。


「幽霊だと思ってるのか? 意外と子供だな。フードを被ってて誰だったのかまではわからないけど……。そうだな。あれは間違いなく、人だったよ」

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