柳崎祀莉が2049年の夏休みに探偵事務所のアルバイトで経験した電脳的で怪奇的な出来事
すかいはい
一段目 イイズナ様と電脳学園の魔女
プロローグ
校庭を出ると、そこは戦場だった。
鉛で覆われたような曇天。耳を
怖気づいてしゃがみ込んでいた私の頭上数ミリを鋭い矢が通過した。髪が幾本散る。知らず知らず悲鳴が漏れ出た。
こんなはずじゃなかった。どうして私がこんな目に遭わなければいけないのだろう。
私は震えながら、目の前に立つ小柄な狐面の少女を見上げた。少女は私を
狐面の少女がアイコンタクトで近寄らないようにと示す。悔しいが、今はそれに従うしかない。
少し遅れて、チャット欄にも『下がって!』とメッセージが表示された。よほど心配なのだろう。罪悪感で多少胸が痛んだ。
熱気をはらんだ風が吹く。私はまばたきもせず狐面の少女を見つめていた。いつも学校で見せるおどおどとした立ち振る舞いからはとても想像できない。どこか神々しくすらある。
だが、その時間はそう長くは続かなかった。爆発音がし、火の粉が舞う。その刹那、鎧姿の敵プレイヤーが岩場の陰から飛び出した。
少女の命を狙い、白刃が振り下ろされる。彼女がいなければ、その刃は私の首に喰い込んでいたことだろう。自分の首から迸る鮮血。私は自分が幻視したものに戦慄した。
少女は繰り出された刃を迷わず大太刀で防いだ。火花のエフェクトが散り、鍔迫り合いが生じた。敵プレイヤーの次の行動が遅れたその一瞬を見抜き、狐面の少女は胴に華麗な蹴りを見舞った。
体勢を崩した敵プレイヤーは地面を転がり、すぐさま起き上がろうと片膝を着いた。もう遅い。少女の手からは大太刀が消え、弓が握られていた。敵プレイヤーが視線を上げると、矢が飛んだ。
『クリティカルヒット!』と表示され、炎を帯びた矢が頭を吹き飛ばした。派手な爆発エフェクトと同時に敵プレイヤーの体は四散する。
大量のアイテムと電子マネーが散らばった。本来なら死体のあるべき位置だ。狐面の少女はそれを確かめるとすぐに私の手を取って走り出した。
殺された人はどうなったのか、とか気にかかることはあったが彼女のあまりに真剣さに口を挟むことができなかった。
「なんで
ボイスチャットの声はたしなめるようでも心配するようでもあった。
「だって、
毎日放課後になるとどこかに姿を消すあなたのことが気になって。追いかけて少しからかってやろうと――。
「ゲームオーバーになったら所持品もVR内マネーも全部失うって分かってる!?」
ビクリ、と自分のアバターの肩が震える。反論しようとした言葉が出なくなった。
「もしゲームを見学したいんだったら、今度は先に話してよ」
狐面の少女は顔を背ける。
「……初めからチームを組んでいた方がずっと守りやすいから」
少女は私から数歩離れると
「ロビーは安全だから一緒に行こう。走れる?」
頷くと、狐面の少女は再び私の手を握って走り出した。
※
私が視界の左端に浮かんだメニュー画面からログアウトを選択すると、VR機器の終了処理を示すアイコンが現れる。数秒後にはそれまで目の前にあった光景が消失した。
自室に戻ってきた。
ぼんやりとした青白い光の中に浮かぶ『VR WORLDからログアウト』しましたというメッセージ。それに、頭部を覆うゴツゴツとした機械の感触だけが残された。
現実世界の頭部に付けられたVRのバイザーを手さぐりでつかんで外す。すると、長い黒髪が
続けて、両手を覆っていたデータグローブを片方ずつ外した。着脱したVR機器をそのまま地面に落とす。体は汗でぐっしょりと濡れていた。まだ息が荒い。
何気なく部屋の鏡を見ると、私の顔は
胸の奥がつっかえたように苦しい。こんな辱めを受けたのは初めてだった。
大嫌いだ。
あの娘も、バーチャルリアリティも。
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