リアルワールド
こぶ
第1話 闇夜の儀式
漆黒。
それが正に相応しいと思える新月の夜。人影は四つ。
一分の隙間さえ見えない、まとわり付く程の深い森の中、息を殺しながら、一歩、一歩と、歩を進める。
ざわざわと風に鳴る木々に混じって、人ならざる者の囁き声が聞こえて来そうだった。
「アレックス、情報ではこの辺りだな。」
掠れた声色には、彼の長い人生が透けて見える様だ。老人は歳に似合わないギラギラした眼光で、周囲を見渡した。
アレックスと呼ばれた男は老人に頷きを返し、先程よりも更に慎重に進む。
息の詰まる様なこの行進をどれ程進めた時だろうか、先頭を行くアレックスは、すっと手を挙げて後続を制止した。
「……不可視の指輪を。」
息の合った動きで、其々の指に嵌められた指輪を起動すると、暗闇に解ける様に、四人の姿が消えた。互いの気配を感じつつ、更に目標へと距離を詰める。
木々の合間にぼんやりと、微かな青白い光が見える。月明かりではない。今宵は新月、そして光は地面から放たれているのだから。
アレックス達は不可視化されているが、それでも用心深く、巨木を陰にして、光の正体を窺った。
ぎっしりと詰め込まれた様な森の中にぽっかりと、小さく拓けた場所があった。その地には見た事もない模様を刻んだ、巨大な魔法陣。その周囲を10名程が取り囲み、両手をかざして念を送っている様だった。そしてその中央には、一人の男が倒れている。
「…ちっ…生贄…か…?」
アレックスは小声を漏らすと、更に周囲の陣営をじっくりと観察する。多勢に無勢。相手の戦力が不明ならば、その頭を叩くのは定石。
アレックスは一人の女をターゲットに決める。その女は黒いローブに、更に深い黒の羽をまとっている。その表情は見えないが、明らかに他とは異質。
「リー、あの羽の女だ。二人は援護を。」
アレックスはそう伝えると、ふぅと息を吐いて、姿勢を低く取った。リーと呼ばれた屈強な女は、同じく低く構える。
その瞬間、羽の女は首をぐるりとアレックスへともたげ、その金色の瞳を輝かせた。
「誰だ!」
気付かれた!
アレックスはすかさず鋭い踏み込みで女へと詰める。
魔法陣の灯りがふっと消え、女の瞳が更に光を増し、アレックスを威嚇する。
「マジックシールド!」
老人の素早い対応が、女の見えない攻撃を無効化する。踏み込んだアレックスの眼前に、パシンという音と共に、青い火花がほとばしった。
「チャームだと?! ヴァンパイアか!」
アレックスは叫びと共に一閃、首筋に向けて鋭い剣撃を放つが、鋭く長く伸びた女の爪に阻まれた。
ギィン! と耳を突く音を響かせた瞬間、アレックスは倒れた男と羽の女の間に身を滑り込ませる。
連携の取れた攻撃、そして、明確な目的を持った立ち回りを見て、羽の女は、この相手が相当な手練れだと悟り、周囲に向けて叫んだ。
「お前達は下がれ!」
号令とと共に、魔法陣を囲んでいた男達は、一斉に森の中に姿を消す。
不可視化を看破し、すかさずチャームの魔術を発動、さらに意表を突いた剣撃を防いで見せた。アレックスもまた、この羽の女が相当な相手であると悟った。
「何者だ?」
「俺はアレックス。勇者だ。」
それを聞いた羽の女は、表情を曇らせる。アレックスは「ふん」と鼻で笑う…瞬間、森の暗闇から女の後頭部へ蹴りが放たれた。
くるりと、その場で回転するかの様にして蹴りを躱した羽の女は、その勢いを殺さないまま、リーに向けて爪の斬撃を見舞う。リーの太腿へと激痛が走る。
「ぐっ…!」
更に追撃を仕掛ける羽の女の背中に、アレックスからの横薙ぎの一閃。
羽の女は跳躍して、アレックスとリーから距離を取る。
「アビーはリーを回復! オズは俺に強化を!」
倒れた男を守る様に立っていた老人の魔法使いと、若い女のヒーラーは、その指示が言い終わる前に行動を終える。瞬時に傷が塞がり、態勢を立て直すリー。アレックスの身体には、ぼんやりとした青い光が灯る。
「はっっ!!」
リーの連続攻撃。突き、前蹴り、回し蹴り。その一つ一つは流れる様にしなやかで、しかも重い。ボッ! と空気を打ち砕く音と共に、羽の女の急所目掛けて襲いかかる。
羽の女はそれらを丁寧に躱し、爪で受け流す。
そこへアレックスの剣が挟み撃つ様に走った。
羽の女は爪で受け切れず、その刃を手首に受けてしまった。剣は滑らかに、骨をもバターの様に断つ。
「っ……!」
羽の女は思わず後退する。その足元に、ボトリと手首が落ちた。その切断面からはシュウシュウと音を立てて煙が吹き出し、やがて手首全体が煙となって消失した。
「聖剣か……。」
元、手首が有った所から煙が立っている。羽の女は苦しそうに、傷口を押さえていた。
「ふふ。アンデッドである貴様には、さぞ辛い痛みだろうな。」
アレックスはニヤリと笑みを浮かべ、己の優勢を見せつけて聖剣を握り直す。
「分が悪いか…。」
そう漏らす羽の女の手首から、骨がずるりと伸び、それを筋肉や神経が覆っていくと、あっと言う間に手先を再生させた。
「おいおい、便利な身体だな。」
自己再生能力を持つ魔族は多いが、これ程のスピードで再生されるのは厄介だ。アレックスは更に警戒を強め、踏み込みの態勢を低くする。
羽の女は、苦虫を噛み潰した様な表情を見せ、眼光をアレックスに向ける。
「いずれ必ず……!」
そう言うと、女の姿はブワッと霧状に霧散して、消えた。
「行ったか…。」
ため息と共に肩の力を抜くアレックス。
強敵だった。負ける事は無いと思われるが、これ以上戦闘を続ければ、少なからずダメージを受けただろう。アレックス自身も、内心ではほっとしていた。
「その男の容態はどうだ?」
「意識は失ってるけど、外傷は無いわね。念の為、ヒールをかけておくわ。」
ヒーラーのアビゲイルが、倒れた男に杖を掲げてヒールをかける。ふわっとした光が一瞬男の身体に起こり、体内に吸い込まれる様に消えた。
「しかし強かったな。あれは何だったんだ?」
リーは額の汗を拭いながら、アレックスに問う。
「ヴァンパイアと言えば、一人だけ心当たりがあるが…。」
その人物は王城に引き篭もり、人前に姿を現わすことが無いと聞く。何れにせよ、此処では生贄を使った怪しげな術が執り行われていた。既に魔法陣も消失し、確かめる方法はないが、一刻も早く報告せねばなるまい。
「よし、撤退する。リーは男の運搬。他は周囲を警戒だ。」
「「了解。」」
アレックス一行は、バアルの街へと、再び漆黒の闇の中を踏み出した。
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