第5話 狙撃
イベントは既に始まっていた。
煌びやかなドレスやシックなスーツを着こなした大勢の紳士淑女が談笑していた。
会場にはトビーと父を含め、十数名の警備要員の捜査員と警官がいるはずだ。武装した警官は目立ちすぎるため、テロを起こすとは考えにくい。私服の警官であっても、この厳重な警備体制では標的に近づくことは容易ではないかもしれない。そうなると、爆破か狙撃しか考えられない。
実行犯は麻薬課の警官だと検討をつけた父とトビーだが、部外者の二人にはどの警官が麻薬課に所属しているのかは分からなかった。
ホテルマンの扮装をしているトビーは、シャンパンを運ぶウェイターからグラスを奪うと、市長や署長などの要人が集まるテーブルの前で派手に床に落とした。会場にいた人々の注目が集まる。
トビーは署長と市長に謝罪し、床をナプキンでふきながら、テーブルの下に爆弾が仕掛けられているかどうかを確認した。
父は周りを見渡した。会議場には大きな窓があるものの、出席者が多く、市長と署長への狙撃は難しい。
父は念のために窓から外を見た。狙撃するとしたら、向かいのビル以外には考えられない。屋上からの狙撃が鉄則だが、この会議場は二階にあり、屋上からだと角度がきつすぎて、窓から20メートルほど離れた演壇の上に立つ人物を狙うことは不可能だ。尚、向かいのビルの二階はカフェであり、三階は美容院であった。父は同僚のフェルナンドに連絡し、同行している捜査員に念のために向かいのビルの二階と三階を警戒させるよう伝えた。
無線からトビーの声が聞こえてくる。
「こっちは異常なし。そっちは?」
「狙撃ができそうな場所にはFBIの連中を行かせた」
「そうか、これから市長と署長が演壇の上で話をするらしい。引き続き警戒してくれ」
トビーの言ったとおり、タキシード姿の司会者が、これから市長とニューヨーク市警の署長が挨拶をする旨を会場の出席者に伝えた。
父は警棒に手をかけ、人込みを掻き分けて最前列に無理やり割り込んだ。
トビーは今度はシャンパンが乗ったトレイごとウェイターから奪い、演壇に近づいた。その時、父は天井の方から小さな物音が聞こえた気がした。父は耳を澄ませた。しかし、参加者から盛大な拍手が起きたため、何も聞こえなくなってしまった。
フェルナンドが慌てて父のもとにやって来た。フェルナンドはニューヨーク市警の麻薬課に勤務する警官の顔写真が印刷された紙を手にしていた。十人の警官の顔写真の下に名前と年齢が掲載されている。
「先ほど逮捕した四人の他に既にホテルの入り口で五人を確保しています」
フェルナンドが額の汗を手で拭いながら言った。
「残りは一人。マイケル・ローランド、四十歳、白人か。身長185センチ、体重95キロ。右頬に四センチほどの切り傷あり」
父は写真を指差しながら言った。
「警備員室の監視カメラの映像を捜査員に確認させているのですが、今のところこの男の所在は分かっていません」
フェルナンドの顔が緊張で強張っている。父は無線でトビーにマイケル・ローランドの特徴を伝えた。
「了解」
父は会場の隅々まで目を通した。しかし、マイケル・ローランドの姿を確認することはできない。
そのとき、再び上の方から物音が聞こえた。父は天井を見上げた。しかし、豪華なシャンデリアが白い天井から吊るされているだけで、特に怪しいものは見当たらない。あとは、排気口。
その排気口から、1センチほど長細い円形の物体が姿を現した。
父は警棒を引き抜きながら、慌てて無線でトビーに連絡した。
「排気口だ、トビー!」
父のメッセージを受けたトビーは、排気口を見上げると同時に演壇に向かって突進した。
銃声が鳴り響く。
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