第6話 トモよ

銃声よりも一瞬早く、トビーはアメフトのタックルのように市長と署長に飛び掛かった。


会場全体がパニックに陥る。至るところで悲鳴が上がった。フェルナンドが市長と署長を立ち上がらせ、警護しながら非常口に案内した。


銃弾は市長と署長をかばったトビーの背中に命中していた。市長と署長の無事を確認した父はテーブルの上に置かれていたナイフを掴むと、排気口に向かって投げた。


ナイフが排気口に吸い込まれると、鈍い音とともに『うっ』という声が聞こえてきた。


父は演壇に目を向けた。そこにはトビー・ベイルが横たわっていた。


父には全てがスローモーションのように見えた。武装した警官が参加者を非常口へと誘導していく。


父はトビーのもとに向かった。うつ伏せになったトビーの背中からは大量の血が噴き出していた。


父は近くのテーブルからナプキンを掴むと、銃弾を受けた場所に押し当て、ゆっくりとトビーを仰向けにした。トビーの目は虚ろであった。

「おい、トビー。しっかりしろ!」

父はトビーの頬を叩きながら叫んだ。

「お、おい、俺は怪我人だぞ。叩くな」

トビーは精いっぱいの冗談を言うと、

「約束を覚えているか?ロッカーのものを、息子に、届けてくれ。そして、妻と息子に、『愛している』と伝えてくれ」

と言葉をひねり出すように言った。

「ふざけるな。自分で渡せ」

父の瞳から大粒の涙が落ちた。トビーは大きな手で父の右手をつかみ、

「トモヨ。ミジカイアイダ、ダッタケド、アリガトウ」

と拙い日本語で告げると、吐血し、そのまま息絶えた。

 

一週間後、ニューイヤーの日に、父とトビーが逮捕したニューヨーク市警の警官の供述を糸口に、事件は解決した。犯人たちは、麻薬組織をニューヨークから一掃することを目指す市長、そして、署長の方針により、自分たちと麻薬組織のつながりが露見することを恐れたようだ。しかし、その時、父はもうFBIにはいなかった。


トビーが殉職した直後、父は放心状態でホテルを後にした。


『俺は友を守れなかった』

救急車やパトカーがけたたましい音を鳴らして、ホテルへ向かう。父の横を通り過ぎる通行人が、怪訝な目で父を見ている。


目は虚ろで、父の服や手にはトビーの血がべっとりとついていた。

『俺は友を守れなかった』

高層ビルが立ち並び、クリスマスカラーのネオンが彩るクリスマスイブのニューヨークを父は彷徨い、ロックフェラーセンターのクリスマスツリーの脇で嗚咽をもらした。そして、人目を憚らず、号泣した。


その翌日、父は辞表を提出した。


自分のロッカーから荷物を取り出している時、隣のロッカーが視界に入った。トビーのロッカーだ。父はクリスマスイブに交わしたトビーとの約束を思い出した。


父は躊躇しながらもトビーのロッカーを開けた。そこには子供用の小さな竹刀がポツンと立てかけられており、その下にはクリスマスカードが置かれていた。


父はクリスマスカードを開いた。そこには、

『愛するルーカスへ。メリークリスマス。いつか一緒に剣道を学び、日本に行こう』

と書かれていた。


一週間後、父と母は、トビーの生まれ故郷であり、トビーの妻と息子のルーカスが暮らすテキサス州の片田舎の街に引っ越した。


そして、その数ヶ月後、ルーカスが三歳の誕生日を迎えた日に、父は初めてルーカスと私に剣道を教えたのであった。

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