行き先
夜水 凪(なぎさ)
行き先
「この先」
いつの間にか寝ていたようで、降りるはずの駅はとうに過ぎてしまったのだろう。見慣れない景色が広がっている。
どこまで来ちゃったんだ…
未だぼんやりとする頭で考えるが本当に見たことのない風景だ。路線が変わったなんてこともないはずだ。
ガタンガタンゴトンゴトン
よくわからないのでとりあえず次の駅で降りてみることにした。それにしても自分の他に誰もいないというのが不思議だ。よく聞く怖い話みたいだなと、ぼんやり考える。まだ目は覚めてなくて、これは夢なのかもしれない。次の駅に着く気配はない。もう一度寝ようと目を閉じた。
「次は」
しまった。ついまた眠り込んでしまっていた。さっきからどれくらい進んでしまったのだろうか。寝ていたのは確かなはずなのに、さっきとなにも変わっていないような気がする。
揺れる電車。揺れて、揺れて、進んでいく。
誰もいない、私だけの車両。今なら普段はできないことをしてもいいんじゃないか?ゴクリと唾を飲み込み、静かに足を椅子にあげていく。そのまま頭をゆっくりおろし、ああ…。寝転がりながら電車に揺られるのはこんな感じだったのか。電車でシートを独り占めするなんて普段では考えもしないが、ふとしたときに、例えばヤンキーや酔っぱらいがそうしているのを見ると、みっともないと思うと同時に自分もしてみたいと思ってしまう。
普段はある周りの目。それが今はない。少なくともこの車両には自分しかいない。そして暫く駅に着きそうもないため、誰かが来る可能性も低い。
ここは今、自分が占拠している…!
なんとも言えないこの感覚。満たされる、高揚する胸、無意識に緩む表情筋。日々仕事を続け、暮らしのためのもののはずなのに、それは仕事のための暮らしにも思えてきてしまって。そんな傷んだ心にこの状況は少し歪んでいるが、酷く染み渡った。帰れるかわからない。不安であるが、それでもいいのかもしれない。このままどこかに連れ去ってもらえたら、自分はもうなにもしなくていい。
そう思うとなんだかまた眠たくなってきた。
終点に着いたら起こしてもらえるだろう。もう知ったことか。寝てしまおう。
私はまた、目を閉じた。
「次は“アンネイ”。次は“安寧”。“安寧”を過ぎますと終点“ゲンジツ”、“現実”です。この電車、最終のためその後は車庫へと向かうのでご乗車にはなれません。次は“安寧”…」
行き先 夜水 凪(なぎさ) @nagisappu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます