修羅


ささくれ立つ心とは裏腹に、海は凪いでいる。

煙草の吸殻が至る所に落ちていて、私は父を思い出す。

毒。

仄暗い動揺が、身体のなかで、水面の波紋のように広がる。

硝子の破片を裸足で踏んだ。皮膚が柔らかく裂ける音がする。血液が砂を鮮やかに染めた。痛みは、ない。

中学生になって、制服を着るようになった。

小学生の頃は、同じ服を何度も、何日も着ていた。

この町は、都会からはうんと遠く、夏はすごく暑いし、冬はすごく寒い。バスは1時間に1本あればよい方で、この町で好きなところは海が近いところと緑が多いところくらいだった。

周囲は虐待やネグレクトなどの知識がないから、理解もなかった。

お風呂は親が寝てから、冷水を浴びた。ガスを点けるスイッチがどこにあるか分からなかったから、1年中冷水だった。それでも、身体を洗えるだけでありがたかった。でも、きっといつも汚い子、と、認識されていたと思う。


制服は、知らない人のお下がりだった。

ボルドーのリボンが可愛くて、ずっと眺めていた。

初めて袖を通したとき、あまりの肌触りのよさに驚いた。上質な服を着るのは初めてだった。生地がアイボリーだったから、汚さないように注意した。中学は、同い年なのにませている女の子が多かったように思う。ほっぺとくちびるがピンクに色づいていて、目元はブラウンのグラデーションで、つめは艶々に輝いていた。校則がゆるい学校だったから、大人っぽい子が多かった。

彼氏彼女という概念を中学で初めて知る。それまで私は、異性を異性として見たことがなかったように思う。


──のちに、深く関わる片瀬くんは、中学のとき、隣にクラスにいた。


私には、お化粧も、スカートを短くすることも、自分にはとても無関係なことのように思えた。私からみると、みんなお嬢様で、深くてつよい愛情をめいっぱい受けてきたような、そんな女の子たちばかりであった。


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