かくれんぼ
ぽてち
序
目の前をはらはらと舞い散る紅葉が、綺麗だった。
長い石段を駆け上った先には、村を見通せる場所に建てられた赤い鳥居の神社がある。
誰にも悟られぬよう、こっそり家を抜け出した子供は息を弾ませながら鳥居を潜った。
ワイシャツにズボンという洋装で、年は五つくらいだろうか。
彼は、滴る汗を拭いながら境内の賽銭箱、横の茂みへと身を隠す。
息を潜めると鳥居からこちらが見えるかぎりぎりのところで、顔を除かせる。
そして呼吸を少しずつ整わせると、小さく嗤った。
もうすぐで、あの子がやってくる。
その言葉どおり、誰かが階段を上ってくる足音がした。
慌てて彼は身を引っ込めるも、どこか嬉しそうだった。
周りを森に囲まれ、窪地のように点在する家々と田畑。
町の左側にある小高い山を背にして建つ、洋館が彼の家だった。
家には両親と祖母、そしてそこで働く村の人々がいる。
何もないこの村にとって、働き先はその洋館と農業で生計を立てている。
そのために、絶えず人のいる彼の家では、物思いに耽ることすら叶わない。
やがて一人きりになれる時間と場所が、ここだった。
それにここから望む夕日は、とても美しかった。
「どこいったのかなぁ?」
両腕を振り乱しながら石段を駆け上ってくる姿を見つけると、彼はハッとなった。
馬の尻尾のように腰ほどまである黒髪を一つに結び、若草色の木綿着物姿。
年の頃は十三、四になる少女は、取り分け美人というわけでも、可愛いというわけでもない。
そして、彼女の背中には赤ん坊が背負われていた。
着物の上から厚い半纏をはおり、体を揺らして子供をあやす姿は手慣れている。
そんな彼女を彼は、太陽を見た時のような眩しさを感じていた。
彼女の名は、【幸子】。
彼の家で働く使用人の一人で、こうやって逃げた彼を捜しに来るのは、彼女の役目だった。
幸子は膝に手をあてながら、喘ぐ。
ここまで慌てて駆けて来たのだろう、頬がほんのり上気していた。
「絶対に見つけますよ!」
流れる汗を袖で拭うと幸子はそう、宣言した。
彼にとって幸子は、煩い姉のような存在だった。
「あぁ、類(るい)くん。みっつけた!」
「うわぁっ」
びっくりして立ち上がると、幸子は嬉しそうに頬を緩ませる。
そのままでいればよかったのだが、この顔を見ていると何だか逃げたくなってくるから不思議だ。
困らせて見たかった。
「逃がさないよ」
にっこり微笑むと幸子は、走り込むと後ろから彼、類を抱きすくめた。
「捕まえたよ。類くん」
幸子の嬉しそうな声が、類の耳に届く。
腰あたりに回された腕の感触、地面に足が付かない妙な浮遊感。
驚いたからなのか、心臓が一際大きく跳ね上がる。
ちらりと盗み見るようにして見た幸子の微笑みは、幼い類にとって芽生えた初恋だった。
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