第64話 条約締結

剣術の練習を終えた俺達は執務室で昨日、全く手を付けていないに等しい書類たちと対峙した。ルカのお陰でだいぶ減ってはいるが、多さは相変わらずだ。


ペンの音や判子がつかれる音だけが執務室の中に響く。天気は夏晴れで季節が変っていることを感じさせていた。窓を空けていても少し暑く感じる。


「そろそろ衣替えかな……」

「確かに、そろそろ夏を感じさせる気候になってきたよな」


ルカは庭の方を見ながらポソッとそう呟いたのに反応して俺も椅子を回転させて太陽を覗き込む。とてもギラギラと太陽が輝いていて、正しく初夏を示しているような程だった。


「そういえば夏場の暑さ対策って何かあるのか?」

「ええっと……私は毎年、魔術で氷を精製して部屋の一角に置くという荒療治をしています」

「おいおい……まぁ、涼しそうだけど」


そんなダイナミックなことをしているのかと軽く突っ込みを入れたときだった。

俺のコミラートがカチン、カチンと鳴り響く。


「領主様、アロス率いる反乱軍が領主邸を包囲しました。これは完全に勝負あったかと……」


俺とルカは思わず、顔を見合わせる。


「こりゃあ、援軍要請は来そうに無いな……マレル、報告ありがとう」

「このまま監視を続けますか?」

「いや、もう大丈夫だ。包囲されている時点で勝負は決まったも同然だ。気をつけて帰ってきてくれ」

「承知しました」


マレルとの通信が終わると同時にルカは神妙な面持ちで呟いた。


「やはり、アロス様はリテーレ領に従属するつもりでしょうか?」

「ああ、多分、間違いないだろうな」

「……その、彼らを受け入れますか?」


ルカが心配そうな目で俺を見つめる。だが、もう朝の時点で腹は決まっている。

ルカと領民を守るためならば俺は受け入れると。


「ああ。彼らが従属を望むなら俺は受け入れようと思う。ルカはどう考えてる?」

「私も同意見です。できるだけ早く、東のアンカルの地を平定して安定を取り戻したいですから」

「ああ……本当にな。なんか、いろいろと事件が起こるたびに戦ってる気がするし、そろそろ落ち着きたいよな?」


俺が苦笑交じりにいうとルカはコクコクと頷いていた。


俺たちの目的はあくまで領民が幸せに暮らせる平和な領土を作ることで『領土戦争をする』ことが目的ではない。きっと今回の一件でエプリスがリテーレに付けば、情勢は落ち着いていくはずだ。


「(……というか、いい加減、落ち着いて欲しい)」


俺達は心の内で密かにそう願いながら書類整理を淡々と行っていく。そんな延々と続く作業も日暮れを迎える頃には終わり、早めの夕食をとろうかと話をしていたときだった。


不意にルカが屋敷の入り口の方に視線を向ける。


「……達也さん、アロスが来ました」

「今から夕飯を作ろうかという時に間が悪いな」


俺はルカの横に立ち、門の方を眺めると複数の男たちがこちらに歩いてくるのが見えた。恐らく、最低限の護衛と一緒に向かってきているのだろう。


さすがに戦いの後だけあって疲労もあるだろうと読んだ俺は屋敷のエントランスに二人で向かいつつ、ルカに確認するように言った。


「ルカ、できるだけアロスたちには早く帰ってもらおう。そこまで長くなる話でも無いだろうし、アロスに関しては親を陥れた後だ。心理的にきついものあるだろうからな」

「……そうですね。その方が良いかもしれません。私が同じ立場だったら絶対、一人になりたいですから」

「だよな……」


そんな会話をしてエントランスで待つこと数分、アロスたちエプリスの関係者がゾロゾロと入ってきた。


「こんばんは。約束を果たしに着ました」


アロスは俺たちを見るなり、そう言い放つ。


「とりあえず、場所を移しましょうか?」

「ああ、そうだな。こっちだ」


俺はアロスたちを先導し、対談室へと招きいれた。彼らの表情は勝ち戦の後だというのに凄く険しい。アロスたちと対談室に入るろうとした時、護衛の人間がピタッと動きを止める。


「ではアロス様、私達は外で待機しております」

「ああ。頼む」


アロスはそう一言かけて俺たちと共に対談室に入った。護衛をつけないという強気な姿勢に驚きながらもアロスと向かい合って座る。

そして、俺はゆっくりと話を始めた。


「で、話の趣旨を聞こうか?」

「話の趣旨って……従属の件です。受け入れてくださいますよね?」

「ああ。リテーレ領はエプリス領を『従属領土』として扱ってもいい。ただ、その前に一つだけ言っておくぞ? これはあくまで同盟ではなく従属だ。それを理解しているな?」

「ええ。もちろんです。この書類にサインを」


アロスはすでに従属に向けた条文を作成していたらしく、俺にサインを求めた。


「本気か?」


その書面には俺も驚かされた。完璧なほどにリテーレが有意になるものだったのだ。軍事も経済もすべて仕切って構わないし、領土の内政にも口出しが出来る。


唯一、彼らが望んだのは屋敷の管理、所有権だけだった。


「これは従属というより、差し出しているのと変らない。本当に良いのか?」

「はい。これは私達が協議したうえで決定したことです。異存はありません」

「そ、そうか……」


俺は少し躊躇しつつ、ルカにその書面を渡した。ルカも一通り、目を通して頷きつつ、俺に書面を戻した。問題ないと判断したようだ。


「……わかった」


俺はその書面に自分の名前を刻んだ。


「これからよろしくお願いします。達也様」

「ああ、よろしく」


俺とアロスは握手を交わし、書面を渡した。この瞬間からエプリス領がリテーレ領に従属することが決まった。そして、これにより南と西の広大な領土を掌握したリテーレ領は大陸で絶対的な力を誇示する形となり、対アンカル領へと動き始める。


「(いい加減、戦いの日々に終止符を打ちに行くか)」


俺は独りでにそう心で呟くのだった。


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