第56話 西の砦

俺たちは三人は砦の様子を隈なく見た後、サミラルの元へ向かった。

サミラルは俺たちの突然の来訪に驚いたようで浮かない表情を見せる。


「こちらに隠者の長を引き連れてお二人がいらっしゃるという事は何かあった……ということでしょうか?」

「まぁ、少し込み入ったことになっててな」


俺は手短にサミラルに事情を話した。サミラルは話を聞くにつれて訝しげに考える顔つきになった。


「エプリス領が貿易戦争を吹っかけて来た上に盗賊と結託……いささか信じられない話ではありますが、現にゲレーダの時は旅人に扮したゲレーダ軍が村を占拠した事例も在りますし、この砦も警戒レベルを上げた方が良さそうですね」

「ああ。頼む。それから村の件だが、夜に突入する予定だ。だから砦の裏側から盗賊が逃げてくるかもしれない。注意してくれ」

「かしこまりました」


サミラルは淡々と話すが、その表情にはどこか硬さが見て取れる。


「サミラル、本当に大丈夫か?」

「私は……大丈夫です。ただ、こんな駆け引きが続く世界にちょっと嫌気が刺してきただけです」

「(サミラル……それは俺も同じだよ)」


俺は思わず黙り込む。ゲレーダの事を片付けたと思ったら野心すら持たないはずのエプリス領がこちらを揺さぶる。潰しても潰しても続く駆け引きに俺も正直、うんざりしている。


ルカは俺が黙っているのを見て察したのか、話に割り込む。


「……ともかく、今は砦の警戒を厳に。私達は戻りましょう」

「ああ。そうだな。カルナス村に戻ろう」


ルカの視線に俺は我を取り戻し、砦を後にする決意を固めた。

サミラルは守りを固めるため、『蟻一匹逃がさないように布陣を敷く』と言い残し、詰め所の前で俺たちと分かれた。


「では出します。覚悟はよろしいですね?」

「ああ。出してくれ」


マレルの声を皮切りに馬車が静かに来た道を戻る。

俺は周囲に目を凝らし、ホルスターに手を掛ける。


「(無事に帰れれば良いが……)」


ルカもその表情は硬い。魔術石の入ったポーチに手を掛け、いつ仕掛けてくるか分からない存在に気を張っているのだ。それはマレルも同じで驚くほど存在が薄く感じる。間違いなく凄い集中力で辺りを見渡しているのだろう。


「(待ち伏せしているならどこで仕掛けてくる?)」


疑心暗鬼になりながらただただ、時間だけが過ぎ去って行った。

だが、ナーイット村を越えるまで終ぞ、攻撃は無かった。


馬車はひたすらに下り勾配に入り、速度を上げ始める。緊張を解すかのように頬を風が吹きぬける。もう大丈夫だと確かな実感があった。


「何も、起こりませんね?」

「ああ……。ここまで何も無い以上、敵は仕掛けてこないだろうな。でも、本当に良かったよ」


俺とルカはお互いに少し笑顔を零した。ここからカルナス村まではそう遠くは無い。最早、危機は脱したと俺たちは判断したのだった。そんな中、ルカのコミラートがカチン、カチンと音を立てた。


ルカが通話に出ると聞きなれたミレットの声が俺の耳にも届いた。


「ルカ姉、アタシだ。一様、今、カルナス村に到着したんだけど、150人くらいを小分けにして向かわせてるところだから。配備まではもう少し時間が掛かると思う」

「わかったわ。気付かれないように慎重にね?」

「大丈夫。何せアタシの部隊なんだから!」

「そ、そう……」


ルカは少し苦笑いを零す。それも無理は無い。

俺もゲレーダとの戦いの時にミレットの部隊と会っている。


「(あの気の抜けた……ミレットを慕っている連中だよな? だから、ルカは心配してるんじゃ……)」


そう思いつつも俺はミレットに信じている。ゲレーダとの戦いのときもそうだった。ミレットが軍の連中を引っ張ってくれたからこそ、厳しい戦いを勝ち抜いたのだから。


「ミレット、俺だ。こっちもあと少しで付く。それまで待機しててくれ」

「あいよ、了解! じゃあな!」


そこで通話は切れた。ルカはどこか嬉しそうな表情でコミラートを懐に閉まった。


「なんか嬉しそうだな? いつもなら起こり散らすのに」

「あっ……! その、以前のミレット以上に、やる気に満ち溢れているように見えて……何というか、師として嬉しくて」

「ルカらしい表現だな」


ルカは恥ずかしそうに笑みを零す。

風に当たりながら俺も静かに空を見上げた。


「(まぁ、確かにそうだよな。俺から見てもミレットは変ったように見えるしな……もちろん、良い方に)」


ミレットは俺たちが戦後処理に追われる中、ルカに教えを請いながら一人で多く兵士達を相手に指導を続けてきていた。もちろん、うまく行かなくてルカに泣きついたこともあったようだが、必死にもがいて前へ進んでいたのだ。


「きっと自分のやることに意味を見つけたんだろう、ルカとマレルみたいに」

「達也さんだって――」


ルカは何か言いかけた時、馬車が止まり、マレルが俺たちの方へ振り向く。


「到着しました」

「ありがとうな。マレル。どこかに馬を置いてきてくれ。俺とルカはミレットと合流する。後で落ち合おう」

「はい」


ルカと俺が馬車を降りるとマレルは馬に乗ったまま、馬を止めるために奥へと掛けて行った。俺たちは早速、ミレットの姿を探すのだった。


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