第42話 最終局面
陽が落ち始め、夕刻時を迎えるのも秒読みになってきた頃――。
「サミラル、仕上げだ。フェィズ3にいくぞ」
「承知しました。いよいよですね」
「ああ。そうだな。この戦いにケリをつけよう」
俺は全部隊に繋がっているコミラートを取り、フェィズ3――すなわち、攻勢に入ることを告げる。
「リテーレ軍全部隊、そして解放軍として立ち上がった領民諸君。いよいよ最後の戦いのときだ。今こそ我々の思いを晴らし、願いを成就するときだ! 現時刻を持って全軍での総攻撃を命じる!」
そして、遂に全軍による総攻撃が開始された――。
「攻撃開始ぃ! コレはゲレーダの開放のため! 今こそ革命のときです!」
解放軍の長、エリーテ・エクシエスが先頭に立ち指揮をする。
そして、リテーレ軍もまた、ミレットが先頭に立つ。
「アタシ達を苦しめてきたゲレーダ領にお礼をしてやんぞぉ! 領主を見つけたらアタシの前に引きずり出せ! それ以外は全員、ぶち倒せしちまえ! いくぞお! エンゲージッ!!」
一気に兵士達が領主邸の城門をぶち壊して侵入し、乱戦に突入していく。
兵の数は今や、こちらが上だ。ゲレーダに勝ち目は無い。
その頃、俺とルカは領主邸北側に位置する川で警戒をしていた。
そう、ルカが指摘した抜け道の警戒だ。
俺はサミラルがこちらに寄こした部隊を屋敷の裏手をカバーさせるように配置し、もし、異常があればコミラートか発煙信号で知らせるように指示した。
恐らく、俺はルカの読みが当たる――そう思っていた。
というのも……普通なら投降するのが無難なのに、奴らは再三の投降の申し出を断ったのだ。それだけこの展開を打破し、勝つ自信があるのか、あるいは逃げ
なぜなら、領民の心は今や、こちらの手中にある。
それに、軍事力で周辺領土に圧をかけていたのだ。援軍など見込めるわけが無い。
ましてや、絶対的領主、リベルト・リテーレという人間を失った弱小領土が強大な軍事力を持つゲレーダ領に圧勝しているのだ。
敗北を目前とした領土に加勢する馬鹿が居るわけがない。もし、俺が外部の領主ならリテーレに加勢でもして友好関係を結ぼうとするだろう。
詰まるところ、
そして、総攻撃が開始されて10分後――。
「タツヤ、聞こえるかぁ~? 屋敷に領主が居た形跡はあるが、奴は居ねぇ。多分、逃げたんだと思う」
「分かった。屋敷の北側に居る全部隊、周囲を警戒しろ。恐らくゲレーダの領主はこっちにくるぞ!」
『了解――』
そう皆が言った瞬間だった。ドーンと川の西側で大きな爆発が起こった。恐らく、炎系の魔術。それも威力が強いものだ。
「何があった! 報告しろ!」
『分かりません。ただ、西の方角に居た部隊が高位の炎系魔術を使用したくら……あっ! 敵領主を発見した――! 待て!』
「馬鹿! 早とちりするな! 俺たちが行くまで待て――」
キィィィーン!
凄まじい音がコミラートから鳴り響く。
「お、おい! 無事か! 応答しろ!」
「――君がリテーレの領主か?」
低い男の声がコミラートから聞こえた。
「……! そうだ。貴様はゲレーダの領主か!」
「いや、俺は……レオル・エバースだ」
「(レオルだと!?)」
そこまで言うとグシャという凄まじい音が鳴った。恐らく、コミラートが壊された音だろう。俺はすぐさま、指示を流す。
『全部隊に通達する。現在、領主邸の北側でゲレーダ領主を補足したが、これを
レオルがこの戦場にいる。それは最も聞きたくない情報だった。
ルカに視線を向ければ、その表情は硬く何か思いつめているように思えた。
「ルカ。クドいかもしれないけど、もう一度だけ確認させてくれ。約束は守れるな?」
「はい……大丈夫です。すべてに決着をつけましょう」
今はルカのその言葉を信じようと心で固め、ルカが乗る馬に飛び乗った。
俺たちは早速、ゲレーダ領主が最後に目撃された地点に向かう。後を追う意味でもそれが一番、手っ取り早い。痕跡を残さず逃げるなど絶対に無理だからだ。
俺はルカに馬の手綱を任せ、コミラートで情報を集め、配置を完結させていく。
そして、俺は隠者にも命令を下す。マレルもまた、この戦いで壁を乗り越えてほしい一人でもある。
「マレル。聞こえるな?」
「はい。達也様」
「マレルたち隠者はこれから俺たちの直営に入れ」
「は、はい……」
マレルはどこか動揺しているような声で返事をした。だが、渋られても困る。
「悪いが、拒否権は無いぞ……お前にとって今回の戦いは過去を乗り越えるための壁だからな。もし、お前がリベルトの事を引きずっているのなら俺とルカの剣となり、盾となって、俺たちを守って見せろ。そして、それを成せたら自分の思いをルカにぶつければいい」
共に過ごした時間はたかが数週間だが、俺は見逃してなど居ない。
マレルがルカに向ける悲しげな視線を――あの視線は主従の関係で向けるようなものじゃない。近づきたいけど、近づくことが許されない。そういう根が深く、後悔が裏にあるような視線だ。
「……分かりました、隠者は領主様とルカ様の直営に入ります。任はお二人の護衛でいいですか?」
「それでいい。戦闘になることは確実だと思うからそれなりの準備を――」
「既に用意は出来ていますのでご安心を」
気付けばマレルは早くも部隊を連れ、馬で併走してついてきている。
全くもっていろんな事を完璧にこなすのだから頼もしいことこの上ない。
「ああ。頼む」
俺はコミラート越しにそう言いながら後方に手でグッチョブと送った。
そうこうしている間に続報が届いた。
「各隊へ、敵の領主と指揮官と思われる男、二名を発見」
間違いなくそれで当たりだ。
こんな戦時の中、男二人で歩く奴なんてその二人しか考えられない。
「位置はどの辺だ?」
「先ほどの位置から西へ1.5から2キロ程度先の地点です」
「了解した。全部隊。その地点に急行しろ!」
『了解ッ!』
全部隊が一斉にその地点を囲むように進軍を開始した。俺たちが現場に到着したときには完全に包囲され、まさしく袋のネズミだ。
だが、何かがおかしいような気がする。
レオル・エバースは最強の魔術師と謳われるルカの父親を真っ向勝負で倒した男だ。故に逃亡する気なら、ここまで配置が完璧になる前にいくらでも逃亡できたはずだ。
「(さすがに、諦めたのか?)」
そう思った時だった。急に体が倦怠感に襲われ、意識がグラつく。それはルカやマレル、周りの兵士も同じだった。中には地面に倒れているものさえ居る。
「一体、何が……クソッ!」
「クッ……! これは罠ですっ! 魔力収縮陣が……仕掛けれれているんだと思います……!」
「ちきしょう……! やられた……迂闊に行動しすぎた」
恐らく、レオルは『勝ちが目前』というこちらの心を読んで、ここに俺たちが来るのを待っていたのだ。俺は何とかコミラートで撤退を告げようとするが、これだけの魔力が吸われている中で通信機として正常に動くわけが無い。
「使えないなら……!」
俺は撤退の指示を発煙信号を送ろうと馬に近づき、発煙弾を手に取る。
しかし、次の瞬間、紺色のフードを被った男がこちらに手を翳した。
空に大きな魔術紋が浮かび、そこから炎の球体がこちらに降り注いでくる、
「嘘だろ!?」
「っ……! 達也様! ルカ様! 私達の後ろにッ……!」
隠者たちが俺とルカを囲み、言葉を紡ぐ。
「<守りの精霊よ・我の求めに応じて・光の加護を授け・偉大なる光の障壁を以て・我らを守れ!>」
俺とルカの居る全方位に防御魔法が張られた。
「この魔術は……」
ルカと俺はすぐに理解した。これは通常の魔術とは異なり、五節で紡がれている。基本的にこの世界での魔術は節が伸びる分、強力な魔術ということだ。
「クッ……耐えて! 耐えなきゃ……だめ……!」
マレルは隠者達にそう叫びながら耐え続ける。だが、炎の球体は容赦なく降り注ぎ、地面からはマナを吸われているという状況ではそう簡単に維持できるものではない。それを理解してマレルも集団で詠唱し、少しでも長い間、持続させようとしたのだろう。
「ゲホゲホッ……!」
「マレル……!」
だが、それも数分と続かなかった。
マレルは血を吐き、他の隠者達も力尽きて地面に崩れ落ちた。
紺色のフード男はそれを見て満足したのか、手を下ろし攻撃をやめ、ゆっくりと俺とルカの元へ近づいてきている。
周囲を見渡してみれば今や、立っていれるのは戦いで損耗していない俺とルカのみ。ミレットもエリーテも全員が地面に倒れている。
そして、紺色のフード男は剣を抜く。
この戦略とアレだけの魔術――間違いなくその正体はレオル・エバースだ。
それは雰囲気でも分かる。ルカも間違いなく気付いている。
これが自分の父親を殺した男、レオルエバースであることを――。
「(どうする……! この状況を打破する方法は……あるのか!?)」
俺はどうにかこの状況を打破する手段を必死に考えていた。だが、現状は完全に術中にハマってしまっている。今や優勢の影は無く、半ば詰みだ。
混乱にも近い状況で考えているとルカが剣を抜いた。
「レオル……エバース!」
そして、ルカはそう言い放つと言葉を紡ぐ。
「<天の理・我が脈動を以って・祝福せよ!>」
そして、瞬時にレオルへ肉薄する。しかし、ルカの斬撃はいとも容易く防がれ、その戦いは長期戦へ変わっていこうとする。だが、それはルカの敗北、すなわちルカの死を意味する。そして、同時に俺も死ぬことになるだろう。
俺はルカの援護をしようと魔術石を取り出すが、あまりにも斬撃スピードが早い。これではルカに当たってしまう可能性がある。
「……クソ!」
俺は援護できない情けなさを感じながら信じるしかなかった。
現在、リテーレ最強と呼ばれている
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