第43話 ゲレーダの真意

キィン! キィン!

激しく上段、下段から攻撃を繰り返しながらもルカは攻め続ける。


もうルカとレオルの戦闘が始まって約10分が経過した。だが、依然としてレオルはルカの斬撃を容易く受け流す。そこには遠くからみても余裕があることが見て取れる。


そして、遂に全力の斬撃を受け流され、焦りと疲労がルカに見え始めた。その一瞬の隙をレオルは見逃さず、防衛姿勢から一気に攻勢に打って出る。


レオルの斬撃はとてつもない威力と速さで周囲の土を巻き上げる。その桁外れた威力は離れた位置に居る俺ですら良く分かる。


「ルカ、駄目だ! 退け!」


そんな攻撃をまともに食らい続ければ目に見えている。

そこに待つのは死。ただそれだけだ。


それでもルカは俺の言葉を無視して粘り続けた。だが、その行動に意味は無く、レオルの斬撃で徐々に後方へ押し切られ、最後には剣を弾き飛ばされてしまった。


そして、レオルはルカの喉下に剣を突きつける。


「絶対に殺らせねぇぞ! <クイックキャスト!>」


俺は自分の懐から黄色の魔術石を素早く取り出し、レオルに向けて攻撃を放つ。

しかし、その攻撃はまるで蚊を手で叩き落とすかのように、意図も容易く防御魔術で防がれ、攻撃が通ることは無かった。



このとき俺はもう、その瞬間を待つしかない。そう悟ってしまった。

けれど、諦め切れなかった。この世界でほんの数週間という流れていっただけの日々の中で俺は「ルカを救いたい」という目的以上の思いを抱いていた。


こうしてルカが死ぬかもしれないと言う直前になって俺はようやく気付いたのだ。


「(俺は――なんやかんや言ってルカとの生活がすごく楽しかったんだ)」


いつも必死に努力をして他愛も無い話をしたり、ご飯を食べたり。

その中でルカの笑顔を何度も見てきた。それだけで俺は良かったんだ。


「(救いたいなんてそんな建前だったんだ……)」


だって、俺の中でルカが『大切な人』になっていたのだから。


「(俺は……こんな終わりは嫌だ、認めない……!)」


俺は気付けば精一杯の声で叫んでいた。


「レオル! 頼む……頼むからやめてくれ!! もう、俺の大切な人を奪わないでくれ……!!」


叫んだからと言って何になるわけでも無い。もう詰みなのは変わりない。

だが、レオルはルカの喉元から剣を離し、何かを喋っている。


しばらく何かを喋った後、カチン、カチンと俺のコミラートから音が鳴り響いた。


相手は言うまでも無いが、ルカだ。レオルが狂った戦争屋なら、ルカに最後の言葉でも言わせて殺すつもりなのかもしれない。


幼馴染の彩を失った時と状況が被り、自然とコミラートを持つ手が震える。出なければルカが殺される。出なければならない。わかっている。だが、出たところでルカが生きて帰ってこられる保証は無い。


決断できず、時間だけが刻々と過ぎていく。

そんな俺の様子にレオルは痺れを切らしたのか、剣を振り上げた。


「(ルカが殺されてしまう!)」


俺はその一心で、覚悟を固められないままその通信に出た。


「ようやく出たか。『異世界』のリテーレ領主よ」


コミラートから聞こえたのは低い男の声、つまり、コミラートを持っているのはレオルだ。だが、俺はそんなことどうだって良かった。


「頼む……! ルカを……ルカ・リテーレを殺さないでくれ! 軍を退けというのなら軍を退かせる! だから、頼む!」

「フッ……お前はこの娘を助けるためにどんな事でも言うことを聞くというのか?」

「ああ。俺ができることなら……やれることならなんでもやる! だから……どうか、ルカの命だけは取らないでくれ!」

「……そうか」


レオルは納得したようにそう言った後、少し黙った。だが、次に返ってきた言葉は予想もしない言葉だった。


「ならば、我がゲレーダの領主、トリー・ゲレーダの身の安全と衣食住の最低限の保証を要求する」

「えっ……?」


俺は思わず、その要求に困惑した。てっきり、領土を全て寄越せなどという要求が来るものだと思っていたからだ、


「呑めるのか、飲めんのか?」


唖然とする俺にレオルは可否を問う。


「わ、わかった。約束しよう。だが、リテーレの領土は要らないのか?」

「そんな大層なものは必要ない。戦争で勝ったのは貴軍だ。この領土とて、あのトリーが治めるよりもお前が治めた方がいいものだろう」


そう言うとレオルはルカに歩くように手で命じ、魔術石をルカに突きつけながら俺の元へ近づいてきた。そして、レオルは丸めた紙と芯の先がナイフのようにとがったペンを俺に放り投げた。


「今、話したことに嘘偽りが無いなら、それを自分の血で記して見せろ。ただし! それにサインすれば絶対に内容を遵守しなくてはならなくなる。違反が在ればその代償としてお前の命が奪われる。それを忘れるな」

「(要は呪術のサクリファイスと同じ類の契約書ということか)」


契約書に描いてある内容を再度、俺は読みこんだ。内容に間違いは無い。

俺はペンの先で左手の人差し指を切り、自分の血で署名する。書名を終えると共にその紙は青白い炎によって燃え尽くされ、空に舞い上がっていった。


レオルは燃え尽きたのを確認すると言葉を紡ぐ。


「<我が基点として理を成す結界よ・術者の意向を以て・無効化せよ>」


すると、魔術収縮陣によるマナ吸収が収まった。

そして、レオルはさらに剣を捨て、魔術石が入っていたであろうポーチを捨てた。


「私とトリーゲレーダはリテーレ領に投降する。……これで亡きゲレーダ領主、そして、リベルト・リテーレに顔向けが出来る」


この瞬間、リテーレ領はゲレーダ領に勝利した。

それは間違いは無かったが、コレでは終わらなかった――。








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