第33話 リュナの支配者とカネの力

俺たちが乗った馬車は遂にリテーレ領の中心地、リュナの街に到着した。

街の通路には露店が立ち並び、路地を一つ入れば服屋や鍛冶屋などが揃っている。


売買されている物も様々で食品、衣料品、武器や防具などなど……彩りみどりだ。

こうして街の中を歩いても活気は特段、悪いようには見えない。


「もう少し衰退しているかと思ったが、そうでもないんだな?」

「……。」


ルカは隣を歩きながら目線を下にそらす。


「ルカ。どうかしたのか……?」

「いえ、その……表向きは景気がいいようには見えますが――」


その時だった。


「泥棒だ!! そこのガキを捕まえろぉ!」


右前方から子どもが駆けてくる。その両手にパンを持ち、血相をかいて俺たちの横をすり抜けて行く。そして、その後ろから被害を受けたであろう店主らしき男が追ってくる。


「ちょっと待って下さい!」


ルカがその追いかけてきた男の前に立ち塞がった。


「なんだテメェ! って……お前は!」


それは嫌な思い出を呼び起こさざる得ない男、ザールだった。

どうやら早くも開業していたらしい。


「よりによってあなたの……。まぁ、いいです。あの子が持ち去ったパンはいくらですか?」

「なっ……! アンタが払うのか?」

「ええ、別にあの子を捕まえなくても商売になればいいでしょ?」

「まぁな……? 銅硬貨2枚だ」


ルカは自分のポーチから銅貨2枚をザールに手渡した。


「ありがとよ。リテーレの姫様。一様、この礼に一つ教えといてやる。もっとここら辺の警備を厚くしたほうがいい。全員がアンタみたいな人間じゃねぇからな」

「わかっていますよ……そんなこと……」

「そうかよ……」


ザールはさらっとそう言って去っていった。

ルカはこちらを向き、少し悲しげな表情を見せた。


「これが現状なんです。お金の無い者たちはモノを売って。それでも足りなければ人を売る。そして、どうも出来なくなった時は盗みを働く……。そんな暗闇がこの街にはあるんです」

「(原因は言うまでも無い……か)」


そう、リテーレが抱える問題の一つ。『経済の衰退』が原因になっているのだ。


それに裏路地に目を凝らせば『奴隷商』の文字が見えている。このリテーレにも奴隷という概念がある以上、人身売買も後を絶たないだろう。こういう風潮はいずれ、改善しなければ領土自体が安定を保てなくなる。


故にいずれは改善しなくてはならない問題だ。


こうして、街の表と裏を見た俺とルカはリュナの街に作られた軍の支部へ顔を出した。顔を出した理由は他でも無い、視察のついでに、ここを取り仕切る者に会いに来たのだ。衛兵はテキパキしていてあっという間に応接室に通されたのだが、いくら待ってもその者は現れない。


「はぁ……。ちょっと、行ってきます」

「え? どこへ……?」

「眠り姫のところです」

「眠り姫……?」


ルカはサラッとそう言うと部屋を出て行った。


そして、その五分後――。

ルカが一人の女性……いや、正確には子どもを抱えて帰ってきた。その相貌はライトグリーンのさらさらした髪に白いフリルが付いた服を着た幼女だった。


「くぅ~……くぅ~……」

「いい加減、たぬき寝入りはやめたら……?」

「ちっ……バレてたか~。はぁ、しょうがない……な!」


その少女はするりとルカの腕から逃れ、地面に降り立った。


「初めまして、達也様。私、この街を取り仕切っております“カミリア・フェルト”と申します。どうぞ、お見知りおきを」

「ああ、よろしく」

「とりあえず、立ち話もなんですのでお座りください」


カミリアは椅子へお座りくださいと俺にジャスチャーを送るが、後ろに居たルカからは冷ややかな視線を飛ぶ。


「遅れてきておきながら何を言ってるのかしら……?」

「あれぇ……? そうだっけ?」


カミリアはそんな言葉を浴びてもケロッとした顔で笑みを浮かべる。ルカの叱責にも何も動じないカミリアは椅子に静かに座り早速、俺たちに報告を始めた。


カミリアの報告によれば近年、このリュナの街で気になる事は三つあるという。


一つ、銅硬貨での取引が多く、経済的に衰退してきていること。

二つ、西地区に奴隷商の店が多く、人身売買が行われていると言うこと。

三つ、盗みの発生事案が多いことだった。


大方、経済衰退と盗みの件は繋がっているらしいが、奴隷商の件に関しては理由をつけて潰しても、潰しても虫のように湧いてくるらしい。


「奴隷商の件に関しては西地区のほうを視察してみてはいかがでしょう? 達也様にルカさんが付いていれば西地区に居ても問題ないと思いますし……それに、あっちから声をかけてくると思いますよ?」

「それはどういう……?」

「行けば分かりますよ……きっとね……」

「……?」


カミリアの話は良く分からないが、表情が険しく辛そうだった。その目の目線や表情からして相当なものなのだろう。つまり、カミリアは『現状を自分の目で見てこい』ということなのだろう。そんな曖昧な言い方とそんな表情をされたら領主としては確認せざる得ない。


「(カミリア……お前はもしかして、それを狙っているのか……?)」


そんなクレバーな思考を頭で浮かべながらカミリアに視線を向けると笑みを返された。まるで内側がつかめない。


「あ、申し訳ないんですが、私……この後、寄り合いがあるので席を外させていただきますね。何かあればコミラートにご連絡ください。では――!」


そう言って席を立ち、去っていった。カミリアの背中を見ながらなかなかこの少女は結構、やり手なのかもしれないと思うのだった。


部屋に残された俺とルカはカミリアの助言を元に西地区へと足を運んだ。そこはリュナのメインストリートと比べて小汚く、入り組んだ地形になっている。そんな薄気味が悪い場所を歩いていたときのことだった。


「おお~! 上玉を連れていらっしゃいますね~」


一人の男が近づいてきた。


「上玉……?」

「旦那さん、そんなご謙遜なされなくてもこれくらいの上玉なら高く値が付きやすよ~! さあさあ!」


俺の疑問などお構いなしにその男は半ば強引に自分の店の中へ俺たちを招き入れた。


「(なるほどな……声をかけられるっていうのはそういうことか……)」


入ってすぐにカミリアの言っていた意味が分かった。店の中には大小の檻があり、その中には女性や男性が入れられていた。そして、鼻を突く強い獣臭が漂っている。これは明らかに汚物臭だ。


そう、この店は人身売買を行う奴隷商の店だったのだ。


「さて、このくらいの子ども気質が強い少女でしたら金貨10枚でどうでしょうか?」

「っ……!?」


ルカの方に視線をやればムッとした表情になって居たが、小さくうなづいた。

要は話に乗れと言うことだろう。俺としてもこんなむさ苦しい奴隷商と交渉するなんて吐き気がするが、これも現状を知る機会だと決意を固めた。


「悪いが、俺はこういうケチな店は嫌いだ。店は他にもあるようだし……」

「あ、ああ~! 冗談ですよ! 旦那! 金貨30枚でどうでしょ?」

「金貨三十……か?」


俺が視線を向けると右上に視線を逸らした。


「(ってことは適正レートはもっと上……ということか……)」


人は必ず、嘘をつくとき右上を向いてしまうものだ。もちろん、それが緊張によるものである可能性もあるが、見た限り商売慣れしているこいつの様子からすれば嘘である確率が高い。疑心の目を向け続けると遂に商人は折れた。


「いやはや……旦那には敵わないようですな……金貨50でどうでございましょ」

「本当か……?」

「旦那、さすがにこれ以上は他のところも出しませんぜぇ?」


恐らく、これは本当だろう。しかし、一人の人間に金貨50枚程度の『価値』を付けるとは……コイツらにとって人は物でしかないのだろう。


「そうなのか……。で、どうやって奴隷にするつもりなんだ?」


奴隷にするとは言っても方法は色々あるはずだ。例えば、何らかの力を使って逆らえないようにするとか、薬物を使うとか色々あるはずだ。


「まぁ……これだけの上玉を頂けるのですからお教えしましょう。その方法はですねぇ……呪術を使うのでございますよ」

「呪術を?」

「ええ。そうです。俗に言う『サクリファイス』というやつですよ……」

「(なっ……! こいつら……)」


そこで俺はすべてを理解した。つまり、こいつ等の言う奴隷化とは『サクリファイス』を利用した束縛だ。従わなければ命を奪われる。


「(意地汚ねぇ……こんなの許されるわけない……!)」


俺はそう思いつつ、ルカに目を向ければ「殺ってもいいですか?」という顔つきになっていた。俺もできることならこいつを始末してやりたい。


「……では、早速ですが、その者の名前を――――」

「悪いが、コイツは売り物じゃない。俺の連れだ」

「な……! 旦那、冗談にも程がありますよ? 私に売ってくれるとさっき言っていたじゃねぇか!」

「俺は一言も売るなんて言葉にしてないぞ? アンタが一人でペラペラ喋ってただけだろう?」

「ふざけるなッ……!」


男は俺に掴みかかろうとするが、ルカが一節の言葉を紡ぐ。


「<クイックキャスト!>」


光の旋が男の腹部に当たり、大きく飛ばされた。男は店の奥に飛ばされたが、すぐに立ち上がって俺たちに紫の石を見せつけた。


「クッソ!! 早く出て行け! この石に少しでもマナを流し込めば、ここに居る奴隷どもは全員、死ぬことになるぞ!!」


男は興奮していていつ、マナを石に流し込むか、わからない。こうなったら、こちらに奴隷を買う意思があることを伝えて全員、買い取ってしまえばいいと俺は考えた。


「落ち着け、俺たちは――!」


だが、ルカが俺の腕を握って首を横に振った。

その行動に俺は混乱したが、代わりににルカが喋った。


「分かりました。私達はこれで出て行きます! だから、変な気は起さないで!」


ルカは俺の手を握ったまま、店の外へ出た。


「ルカ! なんで止めたんだ!」

「それは……! 達也さんがやろうとしたことが何となく、わかったからです!」

「……!?」


思わず、ルカの言葉に黙り込む。


「達也さんは優しい考えの持ち主だから……奴隷になっている人たちを全員、買うなんて言うことは想像できます! でも、それはあまりにも現実的じゃないんです! 私だって……本当ならそうしたいし、助けたい。でも、奴隷の方、全員を養うだけの財力も今のリテーレにはないんです!」

「クッ……! なら、あの男を殺せばサクリファイスも無効化されて――――」

「達也さん、冷静になってください。 もし、そんなことをすれば、奴隷商たちによる反乱が起きかねません。ゲレーダと事を構えるだけで精一杯のリテーレにそれだけの余力が無い事は達也さんも分かっているはずです!」


分かっている。充分に分かっているんだ。

それなのに、俺は苦しむものたちに何も手を差し伸べられないのか……?

そう思うと俺は悔しい思いで一杯になった。


「……ちきしょう、カネが、金がすべてか――――」


俺はまたしても金がいかに重要なモノか、思い知らされる羽目になったのだった。

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