第34話 ミルドの本性

俺とルカは現実を見せられ、辛くも悔しい気持ちになりながら軍の支部へと戻った。支部の玄関先にはカミリアが待っていた。その手には報告書が握られており、カミリアは下を向きながら俺に報告書を渡した。


「私も鬼ではありません。現状を見た上で時間をかけてしっかり考えてください」

「ああ、分かった。他に何かあればコミラートで報告を上げてくれ……」

「はい。仰せのままに」


カミリアは深く一礼して俺たちに別れを告げた。俺とルカは支部の前に用意された馬車に乗り、フィーリスに向け北進を続けた。


その馬車の中でカミリアから渡された報告書を確認した俺だったが、その報告書にはさらに忌々しいことが書かれていた。


『壊滅に追い込んだ奴隷商がまた復活しており、その店舗内には既に奴隷商の元から開放されたはずの人間が多く含まれている。よって、奴隷商の壊滅には失敗したと思慮される』


報告書を見る限り、奴隷商を潰しても再建するのが速く手におえない状況になっていることがわかる。要はなんらかの後ろ盾が働いているか、原因があるのだろう。


「(とりあえず、今はカネだ……)」


それは見てみぬ振りが出来ない事実だった。

こうなれば金銭問題を改善するしかない。


俺はフィーリスに到着するなり、ルカに話があると告げて執務室に呼んだ。ルカはどんな話をされるのかソワソワして居たが、俺はそんな事、お構いなしで話を始めた。


「まず、最初にさっきはごめん。つい、熱くなっちゃって……。いさめてくれてありがとう」

「いえ、私は…………」


そう言うルカの顔は辛そうだった。恐らく、考えていることや思っていることはその表情からしても同じはずだ。


「ルカ。話って言うのは奴隷商の件だ。俺は正直、今回の件を早急にどうにかしたいと思ってる。だから即戦力になる奴をすぐに経済長官に登用したいと思ってるんだ」

「それって、つまり……」

「ああ、ミルドの事だ。でも、使える奴じゃなければ意味がないんだ。……だから、俺はミルドを試そうと思ってる」

「いい考えだと思います。私はそれに対して異議反論はありません」


そう語るルカはどこか強い意志に動かされているかのように真剣な面持ちだった。

結局のところ、ルカと俺も個々の成したい事は違うが。掲げる理想は同じなのだ。


すべては領民が幸せに暮らせる領土を創造する。ただ、それだけなのだ。


ルカは早速、ミルドを執務室に呼ぶと言い残し、部屋を後にした。

……というのも、ルカが言うには『ミルドはフィーリスの内部を徘徊していると思いますので、すぐに捕まえてきます』とのことだった。


それから数時間が経った頃、ルカがミルドと共に弁当を抱えて戻ってきた。

ミルドはその弁当をひょいと持ち上げて見せた。


「ある程度の話はルカ姫から聞きましたが、とりあえず、ご飯に致しましょ~」


テーブルに出されたお弁当の中身はプリプリの鳥肉にタレが付いた丼飯だった。

確かにうまそうな香りがしてくる。


「今はそんなことしている場合じゃ……」

「腹に物が入っていないと回るモノも回りませんよ、達也様」


ミルドはどこか見透かしているかのような視線を見せている。


「はぁ……わかった。飯にしよう」


俺は半ば、折れる形で席に着き、弁当を受け取った。ルカとミルドも一緒に食べ始めたのだが、俺はその味に驚愕した。その味はしっかりとした醤油ベースで肉汁が肉の中に詰まっている。


「なんだこれ……! おいしい……!」

「旨いでしょ? ここら辺で一番おいしいと噂の弁当です。最高ですよね~?」


そういうミルドは俺を見つつ、ルカに目を向ける。俺もルカに視線を向ければ弁当を手に持ち、パクついている。


「むぅ……! ゲホッ、ゲホッ……!」


ルカはその視線に気付き、慌てて飲み込もうとしたのだろうが、逆にそれでむせ返っている。


「あ~あ~可愛らしいことで……」

「ん~っ……!」

「ルカ、とりあえずお茶! お茶!」


ルカは俺から渡されたお茶を飲みつつ、口をもぐもぐしながら、顔を赤らめる。まるでリスのようだ。ミルドがそんなルカの様子を見てクスッと笑うとルカは不機嫌そうな顔になった。


「(この二人、仲がいいんだか、悪いんだか……この二人もなんか、兄妹にみえてきたぞ……)」


俺はそんな二人を見ながらそう思うのだった。飯がひと段落するとミルドから話を切り出してきた。


「さ~て、達也様。そろそろ、本題に入りましょうか……?」

「あ、ああ……そうだな」


明らかにミルドの雰囲気が変わったのがわかった。


「俺が今回、ミルドを呼んだのは他でもない――――」

「リテーレ領、経済長官への勧誘、ですね?」

「……! (こいつ、俺の意図をなぜ……? ルカか!?)」


ルカに視線を向けるが、ミルドがそれを見て告げる。


「その様子だと図星みたいですね……? ちなみに、情報元はルカ姫では在りませんよ? 私もこうして聞いてみるまでは疑心暗鬼でしたが、今、ここで初めて知りました」

「どうしてその話だと気付いた……?」


俺がそう問うとミルドは雄弁な口調で語り出した。


「達也様、すべては推測でございますよ」

「推測……?」

「ええ!」


ミルドは得意げに胸を張りながら手を胸に当てた。


「我々、商人とはモノを仕入れ、モノを売りさばく仕事をしているだけ……と思われがちですが、それ以上に情報が要になる仕事なのでございますよ。つまり、情報通ということでして……ある程度の情報が揃えば今回のように当てることが出来るのですよ。もちろん、今回はラズテット村の件を知っていなければ分からなかったでしょうが……」

「ラズテット村の件ってなんだよ……?」

「ラズテット村で揉め事が起きたという鉄鉱石の件ですよ。後々になって聞きましたが、納税品を鉄鉱石に変えると宣言されたそうですね?」

「ああ、そうだ」

「本来、そういった重要な事は経済長官と協議しなければ変更できない。……それなのに達也様の独断で決まったという点。それからファルド様がここ数日、リュナの街に現れておらず、謀反を企てて領主を殺そうとしたなどという噂が街に流れていたということ……。そして、そんな中、達也様とルカ様が奴隷商に寄った後、すぐに私を呼んだという事実。それらのことから考えて明らかに商いの話ではない。よって……私に『用事』というのは何か火急の用事か、重要な案件である可能性が高いと予測できるというわけです。何せ、私はルカ様たちと夜に会う予定でしたからね……」


そこまで推測するとは恐れ入る……というか、よく俺たちが奴隷商の元へ行ったことを知っていたものだ。


「でも、それだけでは確証はなかっただろう?」


俺がそう問うとミルドはお茶を啜った後、首を横に振った。


「いえ、ルカ様と会う約束をした時……目線や声のトーンがおかしかったので、もしかしたら、とは思っていましたし、信頼できる情報筋から『ファルド様が捕縛されている』という話がほぼ間違いないという情報も得てましたので……」

「裏取りも完璧……か。その観察力や情報収集力には恐れ入るよ……」

「お褒め頂き光栄です」


ミルドは俺の眼を見てまるで出方を伺っているようだ。やはり、この男……商人としても只者じゃない。最初からこちらの思惑を突かれてしまった以上、試すことは出来ない。ならば、正攻法で行くしかない。


「……ミルド、お前は今のリテーレ領の……今の状況をどう思う?」

「そうですね~。一般的に見れば一番、長居したくない領土ですね」

「……!」


ミルドは俺の心にグサッと来る言葉を放ってきたが、ミルドが言わんとしていることも何となくわかる。現在のリテーレは有事が間近に迫っている領土であり、情勢的に見れば負ける確率が高い。


「まぁ、私のような商人からしてみれば油のように物資を流し、利益を得るにはいい環境ではありますが……それも今や、空前の灯火。クリーンな商売が出来る場所ではない……ただただ、むさ苦しい場所で商売の価値すら皆無です」


清々しい顔でそういうミルドは半ばあきれるようにそう言った。そんな調子で語るミルドに対して頭に来たのか、ルカが反論した。


「むさ苦しいってそんな言い方……」


だが、ミルドは視線をルカと俺に向け、冷酷に告げた。


「私が話している事は事実です。お二人は知らないかもしれませんが、この街には他の領土からやってきた商人がたくさんいます」

「他の領土から……?」

「ええ、そうです。理由は様々でしょうが、ゲレーダを除く、アンカルとエプリスの商人があの街の商いに大なり小なり、関与しています。まぁ……大方、庶民の財が目当てでしょうがね……」


ミルドはそう言いきるとパチンと手を叩いた。


「達也様、私は面倒くさい話は嫌いですが、得になる話なら大好物でございますよ?」

「それってつまり、この話を……経済長官になる話を受けるということか?」

「誰も受けるなど言ってはおりません。ただ、見返りがあるなら私は全力で協力させていただきますよ?」

「何が望みだ?」


ごくりと息を呑んで俺はミルドに話を振った。


「そうですね~? 私専用の仕事場の建築……ですかね?」

「あ……ああ、分かった。それで手を打とう。この話を受けてくれるか?」


俺はてっきり『税収の売買を全部、俺に独占させろ』とか、『領地をくれ』などといった事を言ってくるだろうと思って居たが、案外安上がりな望みだった。

間違いなく、裏はありそうだが……とにもかくにもミルドが経済長官になってくれればその才で確実に経済は持ち直すはずだ。


「では、交渉成立ということで……この話、お受けいたします。」

「ありがとうミルド。色々、大変な環境ではあるけど宜しく頼む」

「はい。リテーレの利益のためになるならどんなことでもやる覚悟で勤めさせていただきますのでこちらこそ宜しくお願い致します」


こうしてミルドは空席になっていた経済長官の席に突風の如く、就任したのだった。


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