第31話 ラズテッド村の農耕事情

しばらくして出発の用意が整ったとの一報が司令部に届いた。

俺は少し回り道をしながらゲレーダ戦線に従軍する兵士達に別れの挨拶をした後、ゲレーダ戦線を発った。


馬車に乗り込んだ後、俺は地図を開いて近くの村へ寄るように指示を出していく。


「ここから近いところとなると、最初はラズテッド村か」


一番、ゲレーダ戦線に近い村で現在、リテーレ領で最南端に位置する村だ。

本来、最南端に位置するのはエンフェールド村という村なのだが、半年前からゲレーダ領に占領されている。


そのため、実質、南はラズテッド、ウレイオンの2つの村しかないのだ。


ラズテッドの村は川沿いに位置していており、豊かな農耕環境がある一方で裏手にある山で鉄鉱石が取れるということでも有名な村だ。また、農作物の取れ高に関してはウレイオン村よりも少ないものの、品質は良いらしい。


村に馬車が到達するなり、ウレイオン村と同様に村長のクェルトが慌てて出てきた。


「今度は何事ですか……?」

「あ……いや、作物のことに関して何か困っていることはないかと思って……」

「困っていることですか……?」

「ああ、昨日は魔術陣を取っ払ってすぐ出て行っちまったから詳しく聞きたくてさ」


だが、当のクェルトはポカーンとしている。


「どうかしたか……?」

「あ、いえ……わざわざ私達の言葉を聞きに来てくれるとは思ってもいませんでしたので……」

「その……ごめんなさい……」


俺の横に立っていたルカはそんなクェルトの言葉を聞き、頭を下げた。


「あ、いや! ルカ様に文句を言っているわけではありませんよ!? 失礼ながら……私達は達也様がどんな方か分かりませんでしたので本当に大丈夫なのかと心配していたのでございますよ……。でも、それも取りこし苦労だったみたいですが……」


クェルトは俺に真正面からそんな事を言いのけた。


「フッ……褒め言葉としてもらっておくよ。クェルト」

「はっ……! では、立ち話もなんですのでこちらへ」


こうして、クェルトの案内で通されたのは集会所だった。

ほとんどの村人が俺が領主だと分かると改まった態度になっていったのは気に食わなかったが、それはしょうがない事だろう……。


なにせ、昨日来たときはルカがパッと魔術陣を無力化しただけで顔をほとんど見せていない。いわば、村人とは初対面と同じなのだから。


この中で唯一、慎重さが欠けているのはクェルトくらいだ。クェルトはそんな村人達の様子を見てため息を吐き、しっかりとした声で喋り出した。


「皆、そのような態度は領主様は好まれん。それに今日は農地のことについて困っていることがないか、視察に来られたそうじゃ! 遠慮はいらん、領主様に色々と話すが良い」


クェルトがそう言うと領民たちはモジモジしながらも俺やルカに日頃の農作業について話してくれた。困っている事は大なり、小なりあるようだが、一番は人手の問題のようだ。


村で米の栽培に従事している者が言うには――


「ラズテッドではそれなりの農耕環境がありますが、なにぶん、一攫千金を狙って鉱山での採掘作業に従事する者が多いのです……。そのせいで一人、ひとりの負担が大きくて……」

「なるほどな……それはあまり良くない話だな……」


本来の仕事を放り捨てて他の方法で収入を得ようなんていうのは許されない行為だ。そもそも、米を生産しなければ納税が出来なくなる上に米を生産する村人も貧しくなるばかりだ。


クェルトに「この問題に対処はしているのか」と問うと――。


「残念ながら私もこの問題には手を焼いていまして……鉱山で稼ごうとする者と農業を重視しろという者たちがイザコザを起すばかりで……」


クェルトがそういっている傍からもめている声が聞こえてくる。


「農業なんて安っぽい仕事に時間なんかかけていられるか!」

「何を言う! 米を生産しなければ納税が出来なくなるのだぞ!?」

「なら、あんたらが勝手にやれば良いさ! 俺たちには関係のない事だ!」


いがみあう集団は一人、また一人と膨らんでいく。

だが、そこでルカが割って入った。


「はい! 皆さん、そこまでです! お互い一度、何が問題なのか冷静に考えてください」


ゆっくりとした喋り口調でルカが各グループの方をみて喋った。

だが、そんなルカの指摘を前にしても二つのグループは譲らない。


「そんなの米の生産を手伝わないこいつ等が悪い!」

「そんなの米の生産なんていう安い仕事を強要するこいつ等がわるい!」


見事に言葉が一斉に発せられた。


「(ん~……なんというか、みにくいな……人間って)」


思わず、そんな事を思っているとルカから「どうしましょう?」と訴えかけられるような視線が俺に向けられていた。


どうやら、俺の出番らしい。

俺はパンパンと手を叩きながらルカの隣に立った。


「まぁ、大体の問題点はわかった。そうだな……農家側は生産の人手が足りないということだが、鉱山で採掘だけしたいという鉱山側は農業で稼げる収入は高が知れてるということだよな……?」


全員がコクリと頷く。


結局のところ、鉱山側が「もう採掘しません!」と言えば済む話なのだろうが、そうも行かないだろう。事実、鉄鉱石はリュナの街にいる職人やリテーレの軍事研究部門が高値で買っている。故に儲かる仕事をみすみすと捨てるわけが無い。


「なら、採掘をするのを冬から夏の前……つまり、一回目の納税前までにすればいい」


だが、その発言を聞いて農家側は黙ってなどいない。


「でも、それでは人手が足りなくて納税に間に合わなくなるんです!」

「ん~なるほど……? なら、その納税物を鉄鉱石に変えちまえばいい」

「そ、そうか! それならいける!」


だが、そんなことでは農家側は引き下がらなかった。


「領主様、お言葉ですが、それではお話になりません!」

「なぜだ……?」

「鉄鉱石は高値で取引されるため、大きな利益を一個人が持ちすぎてしまうからです」


なるほど、結局のところ、元と同じ状況になるということか……。

ならば、課税を課してそれをクェルトの手で村に分配させればいい。


「鉄鉱石については課税を課すからそんなことに陥ることはない。課税で得た金はクェルトを通して農家に援助金として分配する。それでおあいこにならないか?」

「……まぁ、それならば……」


こうして、ようやく村人同士での話がまとまったのだった。

クェルトには鉱山で採掘している者の名前をきちんと抑えておくようにように指示を出した。そうすることで課税を取ることができ、ラズテッドの村も潤うことになる。あとは当事者達が仲良く、協力してやってくれれば何とかなるだろう。


俺とルカはラズテッド村のゴタゴタヲ納めた後、小一時間ほど農耕の状況を視察し、また様子を見に来ると言葉を残してウレイオン村へ向けて発った。


ウレイオン村へ近づくにつれて農地がチョロチョロと見え始めた。

大規模な農地を持つウレイオン村はリテーレ領内で一番、生産量が多い場所だ。

そのせいか村に近づくにつれて畑を耕す者、草刈りをしている者たちなどが多くなっていく。


「みんな、頑張ってますね……! 本当にありがたいことです」

「うーん……そうだな……」

「どうかされましたか?」

「あ……いや、若い人の数が少ないなと思って……」


馬車の車窓から見えるのは50歳前後の人間ばかりでラズテッド村とは違い、ウレイオン村は高齢化しているようにも見えた。


「そうですね……。確かに担い手は少ないかもしれません」

「……というと?」

「一年半前の戦いで……」

「なるほど……。そういうことか」

「はい……」


従軍していて戦死したと言うことだろう。ルカが言いにくそうにしていたのも納得できる。自分達の領土を守るために挙兵したはいいが、その結果、『残された者たち』を作ってしまったという感覚がルカにはあるのだろう。ルカ自身も家族が居なくなる悲しみを分かっているだけにその思いは大きいだろう。


「でも、ウレイオンの村の人たちは、前を向いて農耕に励んでくれています。だから、私も頑張れるんです」

「そうだな……」


俺はルカの言葉を聞きながら、ウレイオン村の村人が強くたくましい者達なのだと心で思ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る