第29話 ゲレーダの女

ルカは盛大に泣きじゃくった後、そのまま眠りに落ちた。俺はルカを抱えて簡易ベットに寝かせた後、アンカル領の領主へ宛てた手紙を書き始めた。


その内容は至ってシンプル。

ゲレーダ領がアンカル領を舐めていると見て取れる偽情報と『我々と共闘し、ゲレーダの土地を手に入れないか?』という誘いを入れた手紙だ。


もちろん、こんな手紙一つで動くことが無いのは分かりきっている。

だからこそ、陽動作戦をする意味がある。


俺は書き終えた後、防具を片手に豚や牛を解体したであろう場所を訪れ、負傷した兵士が防具を落としたように見えるように動物の血を塗った。


「よし……完了だ。さすがにこれを見て動物の血だとは思わないだろう……」


これで人員以外のすべての用意は整った。


仮に事がうまくいけば、リテーレ領の兵士達がアンカル領の領主の下へ行く道すがら、村を焼いているゲレーダ兵と鉢合わせ、それを撃退。そして、ゲレーダ領はお前らを舐めているという俺からの書面が届く。


そんな事実が突きつけられればアンカル領は何らかのアクションを取らずにはいられなくなる。


「後はあっちの出方次第だな……」


俺はそう一人呟きながら司令部へ戻り、明日に備えて眠りについたのだった。

翌朝、俺が起きるとルカは既に起きていて、司令部前で行われていた炊き出しに参加していた。


「ルカ、おはよう」

「おはようございます! その……昨日はありがとうございました。心がスッキリした気がします……」

「ああ……うん。なら、良かった」


何というか、この時、どことなく恥ずかしそうにルカが言うものだからこっちも恥ずかしくてしょうがない。俺の生半可な答えにルカもどうしたものか分からなくなっていた。


そんな時だった。


「いい雰囲気のところ申し訳ないのですが……」

「え……!?」

「なっ……!?」


マレルがいつもどおり後ろから現れた。

さすがに俺もルカも驚き、振り返る。


「な、なにか報告か?」

「サミラルから作戦の人員が揃ったとの言伝とゲレーダの密偵らしき人物を捕縛しました。ですが……」


マレルが珍しく語尾を濁した。


「捕まえた密偵らしき奴がどうかしたのか?」

「その……『領主を出せ!』と叫んで、聴取にも応じないのでどう扱ったものかと思っていまして……」

「……? なぜ、領主に会いたいのか聞いたか……?」

「はい。でも、領主に会うまで話さないというもので……」


俺とルカは顔を見合わせて首をかしげた。

密偵なら無言で突き通すはずだ。


「とりあえず、その密偵にあってみましょうか?」

「そうだな。今の話じゃ俺が行かないと埒が明きそうにないしな……。マレル、その密偵のところまで案内してくれ。」

「かしこまりました。」


こうして、その密偵が捕縛されているという石造りの部屋を訪れた。

そこに居たのはスラッとした体型に青のリボンで黒い髪をツインテールにした十六~十八歳前後の少女だった。密偵というより戦い慣れしていなさそうな少女だった。


「……! リテーレの領主は!?」


俺と警護の意味を兼ねて入ってきたルカとマレルを見るなり、立ち上がってそう話しかけてきた。だが、次の瞬間、ルカが言葉を紡ぐ。


「……<凍てつく・氷結の吹雪よ・吹き抜けよ>」


石の壁にパキパキと音を立てて氷がその場に具現化する。

そして、ルカは殺意に満ちたような目でその少女を見据えた。


「まずは名乗りなさい! ゲレーダの兵士でも名前くらいはあるでしょ……?」

「ヒィッ!」


いきなりの魔術攻撃に腰を抜かしたのか、少女はエメラルド色の瞳を大きく見開き、フリーズしている。


「ん~……とまぁ、変な気を起こしたり、こちらの質問に答えないとあんたの体が凍ったり、炭になったりするかもしれないから大人しく答えてくれ」

「ハ、ハ、ハィィィ……」


俺が促すと恐怖で震え上がったような声が返ってきた。

その一方でルカは依然として少女に左手を向けて威嚇している。


「とりあえず、自己紹介から始めようか? 俺がリテーレ領主の達也だ。君は?」

「わ、私はエリーテ・エクシエスといいます」

「じゃあ、エリーテ。アンタは何をするためにここに来たんだ? そしてアンタはゲレーダの密偵か?」

「私は密偵じゃありません!! 私は確かにゲレーダ領の領民ですが……その……リテーレ領の領主様にお願いがあってココに着ました」

「お願い?」

「はい……」


エリーテは必死に頷いた後、机に額を擦り付けるように頭を下げた。


「どうか、私の……いえ、私達の家族を助けてください!」

「え……? 君の家族を……?」


唐突な発言に俺とルカは顔を見合わせる。

俺はゲレーダの人間から見れば敵領土の領主だ。それなのにこの子は自分の家族を助けろといっている時点で話がぶっ飛んでいる。


「悪いが、ゲレーダ領の領主を頼ってくれ」

「それでは無理だし、遅すぎるんです!!」


エリーテは急に立ち上がり、俺に近づく。

ルカはすぐに詠唱に入ろうとしたが、俺はそれを手で止めた。エリーテの目が真剣そのものでルカの左手を見ても怯んでいなかったのだ。


「(訳ありだな……)」


そう俺は判断した。


「じゃあ……なぜ、ゲレーダの領主に助けを求めない?」

「求めることなんてできないからです。私達は人質の身ですから……」

「人質ってどういうことだ……?」


質問をぶつけながら、マレルの報告にあった事と類似する話だなと考えを回す。

エリーテは下を向きながらもゆっくりと思い出すように語り出した。


「戦争が起こるとゲレーダ領では戦えそうな者は無理やり軍に徴兵され、私のように戦えない者はゲレーダ軍の施設に集められるんです。建前は『前線の兵士達が気兼ねなく戦えるために入ってもらう』ということになっていますが、実際は兵士達が敵前逃亡しないようにするための人質……つまり、枷なんです」


俺はその話を聞きながら息を呑む。この話が本当だとしたら、戦いにやってくる人間のほとんどはリテーレと戦いたくない人間ということになる。


そして、エリーテは最後にこう締めくくった。


「……本来ならリテーレ領と剣を交えたくない者が大勢います。しかし、私達のような人質と呪術の付いた首輪のせいで……兵士たちは戦うしかないんです」

「それで、俺にどうしろと?」

「収容所に居る者の開放と首輪の破壊に力を貸してください」


俺は少し考えた。コレが事実ならば、戦況をひっくり返すことができる。

だが、この話が罠である可能性もある。


助けになってあげたいが、ここでの答えは『ノー』だ。


「残念だが、俺たちには何のメリットもない以上、協力することはできない。それにこの話が罠ではない保障はどこにも無いだろ? そんな話にウチの兵士を巻き込むわけには行かないんだ」


解放に動くという事は兵を動かすということ。上官である俺がリスクを省みず、受けた結果、『罠でした』では話にならないのだ。だが、それでもエリーテは諦めず、地面に土下座をして必死に頭を下げる。


「待ってください! ゲレーダ領の人間が敵領土の人間に頼むなど……虫がいいのは分かっています! でも、どうか信じてください! 信じられないというのなら私の持つモノ全て、身も心も全部、差し出します! ですから……ですから、お願いします!!」


俺はひとまず、ルカに視線を向けた。


「ルカ、呪術の首輪を破壊するのは簡単なことなのか?」

「少し調査する必要がありますが、魔術紋を発見できれば破壊するのはそう難しくないかと思います」

「なるほど……。ちなみにエリーテ。収容所には何人居る?」

「……少なく見積もっても1500人以上はいるかと思います」

「そんなにか!?」

「はい」


それだけの人数を救出するとなると秘密裏に救出するのは無理だろう。

それに隠者を動かしてもそれだけでは手に負えないはずだ。


「ちなみに収容所には武器さえあれば戦える……いや、立ち上がってくれそうな者達はいるのか?」

「……恐らく、100人くらいはいるかもしれません」

「いるかも……か」


エリーテが言っている事が嘘じゃないなら内側から突き崩すことが出来るはずだ。


「うーん……」


だが、俺は判断しきれずに居た。コレが罠だとしたらリテーレ領に損害が出る可能性が高い。それに情報を持ってきたのは敵領土の女だ。女性だからといって油断し、足をすくわれたラノベやアニメなどざらにある。


「……領主様、『サクリファイス』を使わせていただけませんか?」


俺が悩んでいるとルカが突然、横から口を挟んだ。

そう言うルカの顔は不敵な笑みを浮かべている。


「サクリファイスってなんだ?」

「それを使えばこの子が嘘偽りを話しているかどうかすぐに分かります」


そうルカは自信有り気に言った。

ルカによると『サクリファイス』とは呪術らしい。従来の魔術とは異なり、かけられた者の命を握れるという意地汚い古典的な魔術だ。生かすも殺すも全て術者に託される上、術者が命じた命令に逆らえば呪術が自動的に発動し、命を奪われるという仕組みになっている。


「な……!? 私にそんな呪術をかけるって言うの!?」


突然の話にエリーテは怯えているが、俺はこの策がベストだと判断した。


「エリーテ、君の言う話が本当ならこの呪術にかかっても問題ないはずだ」


すると次の瞬間、ルカはエリーテの背後に素早く回り、立ち上がろうとするエリーテを押さえ込む。


「嫌ぁぁぁ!!」

「嘘偽りが無いなら問題無いはずよ! マレル! サクリファイスを!」


マレルは冷静に言葉を紡いでいく。


「<我は偉大なる力を持つ者なり・その偉大なる力をもって・弱き者には地獄を見せよ・すべては我の意志の元にかの者・エリーテエクシエスの命を束縛せよ」


詠唱が終わるとエリーテの体は紫色の鎖によって縛られた。


「うぅ……!」


エリーテは苦しそうな声を上げながら動かなくなった。マレルの左手の前には、未だに円状の魔術陣が浮かび続けている。


「領主様、条件はどう致しますか?」

「条件か……そうだな」


そう、この魔術『サクリファイス』は二段階の行程があるのだ。

一段階目は命の束縛……つまり、生きるか殺すかを決める術者を定める段階。

そして、二段階目が呪術の発動条件を術者が宣言する段階だ。


「条件は『敵対の禁止と虚偽報告の禁止』にしよう」

「かしこまりました」


そう言うととマレルはエリーテに呪術発動の条件を与え始めた。


「<我は偉大なる力を持つ者・かの者に命ずるは勅命なり・我はエリーテエクシエスの虚偽の報告、敵対を禁ずる>」


そう言葉を紡ぐとさっきまでエリーテにまとわり付いていた鎖はエリーテの体の中にスゥッと消えて行った。それと同時にエリーテは力なく床に横たわる。


「さて。エリーテ。君が虚偽を言えば命が奪われる。だが、真実を言えば死ぬ事はない。この意味は分かるな……?」

「はい……」


エリーテは現実を理解したのか、静かに頷いて俺を見る。

マレルに目線をやるとコクリとうなづいた。


「エリーテ・エクシエス、あなたの命は今、私が握ってる。殺されたくなければ私の質問に答えて。あなたが今まで領主様に言った事は全て事実……?」

「はい……。事実です」


やや怯えていたようだったが、エリーテはそう言い切った。

エリーテの体には特に何も起こらなかった。


つまり、嘘ではないということだ。

もし、これが事実でなければ呪術が発動し、命が奪われている。


「これで……信じてもらえましたか?」

「ああ。信じるよ」


疲れきったような表情を見せるエリーテはホッとしたような様子だった。


「では、すぐに助けてください……!」

「すぐにとはいえないが、必ず、手を貸そう」

「ありがとう……ございます」


そう言うとエリーテは頭を下げたのだった。

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