第7話 軍事責任者、ミレット現る!

「あ、えっと……君は?」

「あ!? テメェが呼んだんだろうが!?」


執務室に突如、現れた少女は俺の問いかけに噛み付くように吠える。

その姿はまるで獣だ。その一方、廊下に投げ出されたルカはヨロヨロと立ち上がり、殺気を漲らせた形相で近づき、その少女の後頭部を思いっきり叩いた。執務室の中に『バシッ!』と良い音が響き渡る。


「痛っ……! ルカ姉、何すんだよ!?」

「ミレット! 領主様に無礼は許しません! すぐに謝りなさい!!」

「だって、ルカ姉! いつまで経ってもコイツがアタシを呼ばねぇのが悪いんだよ!」


『ミレット』と呼ばれた少女はビシッと俺を指差す。


「ミレット、そういう問題ではありません! 謁見の順番は私が決めていたんですよ? 領主様に突っかかるのは筋違いです!」


ルカは呆れながらも説教を続けるが、その少女――ミレットは食い下がる。


「だ、だとしても、何でアタシが最後なのさ! 私は一年半もリテーレ領の軍事責任者をやってるのに、そんなアタシが何で! なんで最後なんだよ!!」

「いい加減にしなさい! 領主様に謝らないなら師妹していの契りを解消しますよ?」

「はあぁぁ!? あっ、いや……そ、それだけは勘弁してぇぇ! ルカ様、仏様ぁぁぁぁ!」

「もう知りません! あれだけ言いつけておいたのに約束も守れない者は私の弟子ではありませんから!」

「そんなぁぁ……」


ルカの“師弟の契りを解消する”という言葉でミレットの勢いが完全に止まった。

俺は黙ってルカとミレットの唐突なやり取りの様子を混乱しつつも見ていたが、ルカとは親しい関係のようだし、少しくらい助け舟を出してやろう。


「まあまあ、ルカ。それくらいにしてやったら……?」

「はぁ……申し訳ありません。私の監督不行き届きで。とりあえず、今日はここまでですね。この子はすぐに追い出しますので……」


ルカは俺に謝りつつ、眉間にしわを寄せている。完全に怒っているようでミレットの首根っこを捕まえて連れて行こうとする。


「え!? い、嫌だぁぁぁぁ~~!」


ミレットがドアに掴まって激しく抵抗するが、ルカは不敵な笑みを浮かべて三節の言葉を紡ぐ。


「<てんことわり・我が脈動を以って・祝福せよ!>」


その刹那、ルカの手の甲に一瞬、黄色い六芒星が灯る。すると、ルカの引っ張る力が圧倒的に強くなる。


恐らく、これが魔術というモノだろう。超常現象にも見える力でドアに貼り付くミレットを引き剥がそうと力任せで引っ張る。それでもミレットも負けじと必死にへばり付く。


「往生際が悪い! 早く手を離しなさい!」

「うぅっ!! い~や~だぁぁぁぁ~!」


ミレットはまるで助けを求めるように涙目で俺を見てくる。


「(はぁ、しょうがないなぁ……)」


そんな目で見られると放っておけない。


「ルカ。今、ミレットを連れて行かれると軍事に関わることで聞きたいことも聞けなくなるんだけど……?」

「っ……! そ、そういえばそうでしたね。はぁ…………」

「んぎゃぁあ! いたた……いきなり力抜くとか――っ!」


俺の指摘にルカは本来の目的を思い出したように、床にへたり込んだミレットへ鋭い視線を送る。


「ミレット? きちんと領主様に謝るならすべて水に流して許しますよ? どうします……?」

「わ、わかったよ! 謝ればいいんだろ!?」


その視線にミレットは縮こまるどころか突っ張る。だが、ルカが目を細めて笑みを浮かべたらミレットは「ヒィ……!」と声を上げて大人しくなったのだった。


そして、それからは……というとルカが半ば強引にミレットを床に跪かせて謝罪をさせ始めた。


「領主様? この度の……無礼……? お許しください……」


ミレットは後ろをチラチラっと見ながら俺に謝っているが、率直に俺よりもルカに謝った方がいいのではないかと思う。ミレットが謝罪したのを見届けたルカは三度目のため息を付いた。


「はぁ……本当に申し訳ありません。私の弟子とはいえ、教育不足でした……」

「いやまぁ、そのことはいいんだけど……弟子ってどういうことだ?」


そう、さっきからずっとそのことが気になっていた。ルカはリテーレ家直系の姫であり、リテーレ領の中核とも言える存在だ。あくまでミレットは部下にしか過ぎないはずなのに親しい上に弟子と来るからにはぜひ、その関係を聞いてみたかった。


「うーん……簡単に言いますと、私はミレットの魔術指南をしているんです」

「え……? でも、歳は変わらないように見えるけど……?」


そんな事を言ったせいか、ルカの怒りスイッチが再度、入った。


「領主様……? レディーに年齢の話を出すときは注意した方がよろしいかと? 闇討ちに遭いたいならば話は別ですが……?」

「ごめん、ごめん……。あまりにも仲がいいから弟子の関係には見えなくてさ」

「弟子には歳の差なんて関係ありません。私は16でこの子よりも2つ上なんですから!」


明らかに機嫌を損ねたようだ。ルカの視線が険しい。


「……要するにルカはミレットの魔術講師ってことか」

「まぁ、そういうことになりますね。ただ、この子は……口と態度が悪いのが玉に瑕で……。ですが、決して悪い子ではないので気軽に接してあげてください」

「オマエは、アタシの保護者か!?」


俺とルカの会話を黙って聞いていたミレットが最後に口を出したが、ルカにスコーンと頭を上から叩かれて沈黙した。


そこから先は当初の予定通り、ミレットによる報告が始まった。

ミレットは終始、タメ口で話していてルカの筆圧音がガリッと音を上げたり、机にペンでトントンと音を出される度にぎこちない敬語に矯正される風景が続いた。


とりあえず、そんなミレットの話から軍部の状況がいろいろと見えてきた。


リテーレ領の兵士は一年半前と半年前の敗北で士気が落ちている者も多く居るため、今から攻めたり、攻められたりするというのは厳しいという事。そして、ゲレーダ領の軍が三回目の侵攻に向け、戦争の用意をしている可能性が高いことが報告された。


「ゲレーダの件はアタシが直々に交易商人の首根っこを捕まえて聞き出した情報だから、まず間違いないな……! 確実にゲレーダは攻める用意をして――」

「ふ~ん……」

「し、している……かと思います!」

「……そうか。分かった。もう猶予はないってことだな」


俺は緊張感を持ちつつ、ミレットに返事を返す。

領土防衛のためには軍部の再建も早急にやらなくてはならないだろう。


「(……というか、交易商人にそんなことをするから売却レートを低くされてるんじゃないのか?)」


渋い目で俺はミレットを見つつ、「リテーレ領で動員できる兵数はどのぐらいか」や「武装はどのようなものがあるか」など実戦で必要になることを次々、尋ねた。


ミレットは考えながらも『1万人くらいの兵力は確保できること』や『主な武装は刀や盾、弓であるが、魔術が主体の戦い方がリテーレ領は得意だ』ということを話してくれた。どうやら、この世界には『銃』と言う概念はまだ無いらしい。


そして、ミレットはあらかた話を終えるとルカの指示通り、一礼して出て行こうとしたが、出口近くで不意に振り返った。


「ちなみにだけどなぁ? ゲレーダ軍は軽く三、四万の兵を簡単に用意できちまうんだぜ? 何か対策を練れよ! アンタが領主なんだから!」


そうバーッと言い放ってサッと執務室を出て行った。

そんなミレットの様子にルカはガクッと頭を下に落として「フフフ」と薄ら笑いを浮かべていたが、一瞬で普通の笑みを浮かべる。


「これで担当官たちとの謁見は終わりです。お疲れ様でした!」

「ああ……お疲れさま……?」


ルカの変わり身の速さに俺は苦笑いを浮かべつつ、夕日に染まっている屋敷の庭を見る。正直、その景色は現実世界よりも綺麗に見えた。


「(なんか色々、ありすぎた一日だったけど、あっという間の一日だったな……)」


俺は一人、そう感傷に浸るのだった。

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