第6話 担当者たちの来訪
ルカとエントランスで別れた俺は執務室へ戻り、担当官たちが来るのを待つことにした。執務室の中は閉めきってあったせいか、非常に心地よい温度になっている。
「眠くなりそうないい温度……話を聞く環境としては最悪だな」
俺は眠気に教われないように窓を開け放ち、緊張感を持ちつつ椅子へと腰掛けた。
「(……気を引き締めないとな。どんなことでも初めをしくじったら終わりだ)」
ルカの話を聞いた限りではリテーレ領はゲレーダ領に侵攻される危険性が高く、切羽詰っている状況に立たされている。それ故に今は各担当官たちからしっかりと情報を得た上で指示出しをする必要がある。
「(とはいえ、俺はあまりにこの世界を知らないからな。うまくいくかどうか)」
俺は一抹の不安を抱えながらルカたちの到着を待った。それからほとんど時間を置かずに執務室のドアがコンコンとノックされる。
「はい」
「領主様、経済担当官のファルド様をお連れしました」
「どうぞ、中へ」
俺の返答を聞いてルカと一人の男が執務室の中に入ってきた。
ルカの後ろに付いて入ってきたその男、ファルドの相貌は長身中肉で40代前半。身長は百六十センチから百七十センチくらいで赤のベレー帽が印象的な男だった。
ルカは俺の右前の椅子に腰掛けて机上に紙を広げ、一方のファルドは床に片膝をついて頭を下げ、挨拶を始めた。
「領主様、お初にお目にかかります。リテーレ領で経済面を仕切っているファルドでございます」
「俺はリテーレ領の領主になった達也だ。こちらこそよろしく」
俺は少し語気を強め、挨拶をした。領土の担当官に領主の俺がナメられる訳にはいかない。だが、当のファルドは特に動じる様子もなく、平然としている。
「(結構、威圧的に言ったつもりだったんだけどな……)」
「では。ファルド様。経済状況についてご説明を」
「はっ!」
どこと無く手応えがない感じに俺は疑問を浮かべながらも、ファルドによる経済面の報告が始まった。
ファルドの話によれば、リテーレ領の統治に掛かる資金の大半は、村から1年に2回、納税される農作物によって賄われているらしい。
リテーレ領はその納税された農作物を交易商人に売って領土の運営資金を得るそうなのだが、近年においては農作物が不作続きと言う事もあって納税額――つまり、リテーレ領に入る資金が通常よりも大幅に下回っているのだという。
さらにファルドの報告によればその傾向は領民によく使われている硬貨にも現れているらしく、リテーレ領で価値が高い金硬貨や銀硬貨よりも安価な銅硬貨の取引が多くなっているらしい。
ファルドは大まかな事を話した時点で自分の見解と提案を語った。
「領主様、このままでは領土経済が破綻する可能性があります。本来なら交易商人との売リ値を上げ、それを回避したいところですが、これ以上、売り値を上げると取引を取り止められる可能性があるため厳しいというのが本音です……。何か妙案はありませんか?」
確かにファルドの言うとおりだ。
売値を上げれば経済破綻を回避する事は出来るかもしれない。だが、交易商人だって商売なのだ。上げ過ぎれば間違いなく取引を取り止めてしまうだろう。
「(とはいえ、現状で対策といえるものは何も思い浮かばない……。事実、リテーレ領は外交面が致命的なほどに詰んでるから他領土との交易も無理だろうしな。……だからと言って『策がない』と言うわけにも行かない)」
返答に困った俺はファルドに見透かされないように、ゆっくり冷静に話した。
「もう少し考える時間をくれ。まだ、俺はこの世界に来て半日も経っていないんだ。何を試すにしても情報が要るし、精査する必要もある。だが、早急に対策を取る必要があるのは十分にわかった。とりあえず、こちらが対策を採るまでの間、現状よりも売値が下がる事だけは絶対に避けてくれ」
「まだ半日? そ、そうでしたか! 承知致しました。そのように対処させていただきます。では、私はこれで……」
ファルドはなぜか、その返答を聞いてうれしそうな表情を見せ、深々と一礼してから執務室を退室していった。
「(……なんであいつ、嬉しそうだったんだ?)」
俺は疑問に感じながらも深く息を付いてからルカに視線を送った。
「はぁ……あと何回、こういうのが続くんだ?」
「やはり、一人会うだけでも疲れますよね? 私も最初は慣れなかったのでその気持ちはよく分かります。でも、あとは村の代表者である納税官たちと軍事責任者の二組だけなので頑張ってください!」
「あと二組か……。サッサと終わらせてしまおう」
「はい! では……その、納税官たちを……呼んできますね」
ルカはなぜか苦笑いをしつつ、部屋から出て行った。
ルカが納税官たちを呼びに行っている間に俺はファルドから得た情報をサッと紙に書いてまとめあげた。ファルドの話から逆説的に『不作の原因や現在の状況』を納税官たちに聞く必要があるだろうと考えつつ、納税官たちの到着を待った。
そして10分後、再びドアのノック音が鳴った。
「領主様、納税官三名をお連れしました」
「はい。どうぞ」
ルカの後ろに続いて執務室に入ってきたのは、ほとんどが五十から六十歳代くらいの老人たちだった。そこからはファルドの時と同じように挨拶を三人と交わし、話が始まった。そこまでは同じだったのだが――。
「えぇ~…………それではぁ……南の方から、ご報告させていただきますぅ……」
「あ、ああ……うん」
三人全員の非常にまったり話すため、もの凄く眠くなる。
ましてや、太陽が暖かさを増す午後2時過ぎという最高の時間に……だ。
この状況を例えるなら、子守唄のような声で大学の教授が講義をしているシュチェーションにそっくりだ。ルカの方に視線を向ければ眠そうな顔をして時折、船を漕いでいるようにも見える。
まぁ、とにもかくにも……。
納税官たちの話を聞いて分かったのは、このリテーレ領では各方角にある三つの村を一つの地区として東地区、西地区、南地区に分けて作物を納税している事や納税官たちはその各地区の代表者でもあり、納税を行う際の責任者だという事だった。
納税を行う農作物は六月と十月に村ごとにこの屋敷へと納める事になっており、その農作物の内訳は小麦と米のみであるということだった。また、最近では二毛作を実施して軌道に乗せようとしているが、成果があまり出ていないらしい。
そのため、今回の納税についても『量的に厳しいというのが現状である』という報告を受けた。
俺が聞こうと思っていた、不作の原因や状況について聞くと三人は顔を見合わせて渋い顔をしながら『土の状況が悪いせい』だとか、『水質が悪いのかもしれない』などと落ち着きがない様子で素早く答え、こちらの様子を終始、伺っていた。
農業のことは専門外で詳しくは分からないが、表情を見る限り困っているのは事実だろう。となると、これはこれで厄介そうなことである事は理解できた。
「この状況から脱却するには村の農耕環境をどうにかするしかない。今はまだ農地も見ていないから何とも言えないが、色々と改善策を練る必要があるな」
「……何も出来ず、全く持って申し訳ありません」
「そう落ち込む事はない。まだやれる事は残っているはずだからな」
「は、はい……最善を尽くさせていただきます」
やはり、彼らも『まとめ役』としての責任を感じているのだろう。
納税官たちは落ち込むように深々と頭を下げ、執務室を後にして行った。
「(この問題さえ乗り切れれば、領土としても彼らとしても随分、楽にはなるんだろうが……あの反応からして当分、時間はかかりそうだな)」
そう考えをまとめながら長時間の話を聞き、疲れた体を癒そうと座ったまま大きく背伸びをした。俺の様子にルカも座ったまま手を前に伸ばす。
「さすがに、堪えましたね……私がやっていた時もあの方たちはいつも話が長くて――ふわぁ~すみません……」
「まぁ、あの報告で眠くならない人なんて居ないさ」
「確かに。そうかもしれませんね」
そう軽く言葉を交わしつつ、ルカは微笑を零す。
「確か、次がラストだよな? ちゃちゃっと終わらせてしまおう。お互い居眠りしないうちに……」
「そ、そうですね。早急に呼んで来ます」
ルカが苦笑いしつつ、軍事責任者を呼びに行こうと扉を開けた。その瞬間、ドアが思いっきり後方に開かれ、その反動でルカが廊下に投げ出された。
そして、ルカがさっきまで居た場所には革の防具を纏った少女がいた。
その少女は見る限り、ルカよりも背丈がやや大きいが、ほとんど同年齢のように見える。その容姿はブロンドカラーのショートヘアーとブルーの目が特徴的な少女で俺はその容姿に息を呑んだのだが――。
「ったく……! 人をいつまで待たせる気なんだつぅーの!」
一瞬でその素敵な印象は崩れ去ったのだった……。
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