第4話 フィーリスの屋敷

「さぁ、どうぞ。達也様」


ルカはリテーレ家の玄関を開けて俺をエントランスホールに通す。外観からして分かっていたことだったが、こうして中に入って天井を見上げると屋敷の大きさに言葉を失う。


「外から見た時から思っていたけど凄く立派な家だな……?」

「そうでしょうか? 私的には他領のお屋敷の方が立派だと思いますが、気に入って頂けたようであれば良かったです」


エントランスは二階へと繋がる大きな階段と天井からぶら下げられたシャンデリアが印象的で、それを際立たせるようにレットカーペットが敷かれている。さらに壁に目を向ければ数枚の西洋画らしき物が綺麗に飾られている。


「(これだけ立派なのに他領土の方が立派って……)」


俺には想像がつかない。正直、想像するだけでもゾッとする。


「やはり、珍しいですか?」

「あ、ああ……この風景に慣れるのも時間が掛かるかも」

「では、お屋敷の中を見て回りましょう。その方が目も慣れると思いますし、午後までは特段することもありませんので」

「ん? 午後に何かあるのか?」


不意にルカの言葉が気になり、すぐ聞き返す。


「はい。午後1時にリテーレ領の各担当官たちがここにやってくることになっています。各担当官たちには現在のリテーレ領の状況について、領主様へご報告していただく予定です」

「じゃあ、今はとりあえず、この屋敷のことを覚えないと……か」

「はい。では、まず達也様の寝室と執務室へご案内します。こちらへどうぞ」


周囲をキョロキョロと観察している俺の様子にルカは気付いたらしく、二階へと続く階段を登り始めた。登りきったところでルカは左に曲がり、綺麗なフローリングの廊下を歩いていく。


「(……っていうか、今の話だと俺もココに住むことなるわけか。まぁ、領主だったら領主邸に住むのが当たり前ことなんだろうけど……。なんというか……)」


ルカは見ず知らずの人間を自分の家に素泊まりさせることを何とも思っていないのだろうかとルカの顔を覗き込む。


「どうかなさいましたか?」

「あ、いや……なんでもない」

「……?」


ルカは意味が分からないと言わんばかりにきょとんとした表情を浮かべる。

どうやら、そんなことは一切、気にも留めていないらしい。


「ここが達也さんの自室兼寝室になります」


ルカはそう言って通路の一番、奥の部屋へと通された。


「……すごいな。こんないい部屋を使わせてもらっていいのか?」


俺の目に飛び込んできたのはテラス付きの日差しが良く入る部屋だった。

大きな木製のベットと机、それからテーブルにソファー。すべての物に随分とお金が掛かっているのが良く分かる。テラスに出てみれば屋敷の庭が一望できる。


「はい! 何せ、達也様はリテーレ領の領主なのですから」

「ありがとう。大切に使わせてもらうよ、ん? その扉は」


振り返ったとき、部屋の脇に扉があるのに気付いた。


「あ! これは執務室への扉です。本来であれば廊下に出て正面から入る必要があるのですが、多忙を極めるときも在りますので使えるようにしておきました」

「入ってもいいか?」

「ええ、ぜひ!」


執務室の中に入ってみればそこには机と椅子が2つずつ、L字型に配置されており、正面の入り口付近には長方形のテーブルとソファー、それから本棚が2、3個ある程度の質素なレイアウトだった。日差しも良く入るし、仕事環境としては最高だ。


「いい場所だな」

「基本的にはここで領内に関する書類を見たり、謁見を求める者が居ればここで応対をします。あ、もちろん。相手が高位の人間であれば応接室などを使ったりもしますが……」

「なるほど。ちなみにルカ、あっちの扉は?」


俺の寝室へ続く扉の向こう側にも同様の扉があり、俺は興味本位でルカに聞いた。


「あの扉は……その、私の寝室に繋がる扉です」

「そ、そっか……。じゃあ、ルカも行き来しやすくていいわけだ?」

「え? ……そう、ですね。あ、それよりも!」


ルカは顔を赤めながら俺に一枚の紙を手渡した。


「ん? これは?」

「達也様。これになんて書いてあるか分かりますか?」

「……さっぱりだ。もしかして、これって……」

「はい。リテーレ領周辺で使われている文字です」

「……ってことは文字も覚えなきゃならないわけか」


俺がそう独り言のようにポソッと呟くとルカは首を横に振る。


「いえ、大丈夫です。すぐに読むことが出来るようになる『秘策』がありますので。ただ……少しその秘策を用意するには時間が掛かるので、夜までお待ち頂ければと思います」

「……? ああ、分かった。ルカに任せるよ」

「では。次は書庫室にご案内致しますね!」


ルカはニコッと笑みを浮かべて俺を先導し始めたが、俺は見逃していなかった。

『秘策』がある。そう言った時に明らかに挙動がおかしかったこと。そして、先ほどの笑みが無理に笑っているように見えたことを――。


「(さすがに何か隠してるのは分かる。でも、何を隠しているのかまでは俺にも分からない。でもまぁ……あまり詮索するのも良くないし、今はこの屋敷のことを覚えないとな……)」


俺はルカの後ろ姿を見ながらそう考えをまわす。

そこからは書庫室、対談室。客間に地下牢など様々なモノを見させてもらった。

色々なモノがこの屋敷にはあるらしい。


「次は食堂ですね。時間的に少し早いですが、ついでに昼食に致しましょう」


ルカに案内されるまま、一階の食堂へと案内された。食堂には白のテーブルクロスが掛けられた大きな長方形のテーブルがあり、戸棚が何個かある程度で割とサッパリとしたレイアウトになっている。大きな窓からは日差しと共に穏やかな風が吹き込み、白のレースカーテンが靡く。


「落ち着いたこの感じに、この雰囲気すごくいい……」

「そうですよね。私の父もこういう雰囲気、とても大好きだったんです」

「……そうか」


その言葉で少し状況を察した俺は口を噤んだ。


「で、では座ってお待ちください! 私はご飯の用意をしてきますので……!」


『しまった』と言わんばかりにルカは急いで奥へと消えて行った。あえて、深く詮索はしなかったが、ルカの発した『好きだった』という言葉。それは『ルカの父親がこの世に居ない』ということを意味しているに違いない。


「(ルカも経験をしているのか……。俺たちって案外、似た者同士なのかもな……)」


俺は窓の隙間から風が吹きぬける様を見ながらルカが戻ってくるのを待った。そして、奥に消えて五分ほど経った頃、ガタガタとカートを押してルカが戻ってきた。


「お待たせしました。お口に合うか、分かりませんが……」


そう言ってルカがテーブルに出したのは数枚のパンと干し肉、それからコンソメスープのようなものだった。


「じゃあ、頂きます」


俺は手始めにパンを一口、口に運んだ。フランスパンのように固い生地ではあるが、暖めてあるせいか噛み切りやすく食べやすい。


次に干し肉とスープを口に運んだ。これは塩気が良く効いていて、塩っ辛いのが好きな俺にとっては好みだったが、これを普通の人が口に運べば――。


「っ……!?」


ルカがスープを口に運んだ瞬間、目を見開いて固まった。


「ルカ、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶです……。それよりも達也様こそ大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。元々、塩っ辛いのは好きだし……」

「すみません……次から味見してから出しますので……」


ルカが顔を真っ赤にしてうな垂れている。

どこかその姿に俺は親近感が湧き、気付けば笑っていた。


「ふふっ……」

「ううっ……何も笑わなくたって……」

「あ、いや、ごめん。俺も昔、よくこんなことがあったなぁ~って思い出してさ」

「……そうなんですか?」


ルカが興味を示すように聞いてくる。

この際、少し面白い馬鹿話をしてやろう。


「ああ。まぁ、俺の場合、ルカよりおっちょこちょいで塩と砂糖を間違って使ったとかいうこともあったな……」

「えっ!? 塩と砂糖を!? ふふっ……それは私よりも酷いですね! あっ……すみません。つい、おかしくて!」

「ようやく笑った。その笑顔、凄くいいと思う。そんな感じで気さくに接してくれると嬉しいな?」


ルカは俺に茶化されて、みるみる顔を赤くしてゆく。


「でも、その……私は領主様の副官であって、そのような態度は不敬になります……周りからの目もありますし」

「別に節度無く接しろって言っているわけじゃなくてさ。サマ呼びをやめてくれるだけでいい。でなきゃ、呼び捨てで呼んでいるこっちが申し訳ないよ」

「わ、分かりました。では、その……えっと、達也……さん」

「……さん呼びか、サマ呼びよりは荷が下りたよ。ありがとう」


まぁ、及第点といった所だろうか。

徐々にそこから砕けて行ってくれれば、それで俺はいいと思った。


「(辛い事は面白いこと、楽しいことで紛らわしてやるのが一番だからな)」


俺は密かにそう思いながらルカを見る。

そんな俺たちを応援するように穏やかな風が吹き、小鳥が囀るのだった。





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