世界を救ってからの勇者ニートNEXT
ちびまるフォイ
勇者じゃないなら何者か
「依頼? そんなものあるわけないだろ。
もう世界は平和になったんだ」
「日常のお手伝いとかでもいいんです。依頼ないんですか?
ここ冒険者ギルドでしょう?」
「だからないんだって。それにここもたたもうと思っているんだ。
世界が平和になって依頼なんか来ないしね」
「それじゃ俺はどうなるんですか!?」
「知らないよそんなことは」
ギルドを出ると長いため息が漏れた。
「これからどうしよう……」
世界を支配していた魔王を倒し一攫千金を手に入れたものの、
勇者という肩書に負けてみんなに配分した結果がこれだ。
悠々自適な暮らしからはほど遠く、
平和になったものだから仕事も依頼もなくなっていく。
あれほど盲目的に信奉していたはずの仲間たちも
しれっとパーティからはずれてたまに勇者同窓会で顔を合わせると
「実は結婚したんスよ。戦いが終わったら結婚する約束で。
いやぁ死ななくてよかった。今は子供も2人いるんス」
「魔道士? そんなのはやめたわ。今は魔法系アイドルやってるの。
昔のダサい頃をさぐられたくないから、これからはあまり連絡しないでね」
と、第二の人生をスタートさせていた。
勇者だけがまだ勇者していた。
街から街へ歩いてギルドを訪ねてみるが、どこにも依頼はない。
明日の食事すらおぼつかなる経済状況まで追い詰められた勇者はついに決心した。
「もう世界は平和になったんだ。いつまでも勇者の肩書を引きずるべきじゃない!
俺は今日から……ふじさんだ!!」
ふじさん。
この世界でいう「刀鍛冶」を意味する言葉。
勇者は寝るときもトイレのときも健やかなるときも病めるときも、
けして肌身離さなかった勇者マントを脱いで、刀鍛冶へとジョブチェンジ。
「ふっ、まあこれでもかつは世界各地を冒険していたからな。
当然各地の街の武器屋にも訪れているし、武器を扱う側としても精通している。
勇者の次に天職はこれだろうな!」
「おい新入り!! ぐちゃぐちゃ言ってねぇで手伝え!!」
「はいぃぃ!」
世界が平和になっても職人さんが使うので刀鍛冶はいつも忙しい。
勇者は刀鍛冶の入職式を終えて1週間で不登校となった。
「こわい……おやかた……こわい……」
勇者は部屋のすみでヒザを抱えて丸くなっていた。
勇者というだけで誰もがちやほやしてくれていた日々から
親方の怒声とびかう場所に入るにはあまりに訓練が足らなすぎた。
「俺が救ってやった世界なのに……どうして俺が怒られなきゃいけないんだ……」
勇者は自分に向いていないとすぐに悟り別の仕事を探した。
街から街へと徘徊していると、また別の仕事を見つけた。
「魔法整備士……? これはよさそうだ」
勇者は魔法にも覚えがあった。
神様の手違いとかなんとかで授かった強力な魔法。
これを持ってすれば、重宝されてちやほやされるにちがいない。
「……というわけで、今日から一緒に魔法でお仕事をする勇者くんだ」
「お前は……武闘家!?」
「ここでは上司です。タメ口を使わないでいただきましょうか」
「は、はい……」
かつて自分のパーティの一員だったが、
普通に考えて拳で殴るよりも魔法や剣で戦ったほうが安全で確実じゃね?
という素朴な疑問により左遷されたメンバーのひとりだった。
魔法なんてからきしだったのにここで働いているなんて。
「勇者。そこの魔法調整ができてませんよ」
「勇者。どうしてこんな簡単な魔法もできないんだ」
「勇者。また間違えてますよ。魔法は敵にぶつけるだけじゃだめだ」
「んあ゛ーー!! うるせぇなぁ! もう!!」
魔法整備士は魔法でもって様々な道具を修理する仕事。
それだけに緻密で正確無比な魔法制御を求められる。
デカい敵にもっとデカい魔法をぶつけてやっつければOKの
ざっくり魔法しかやってこなかった勇者にはとても難しかった。
「これは俺の仕事じゃない! もっと俺に向いた仕事があるはずだ!!」
勇者はまた次の仕事へ。
勇者はまた別の街へ。
自分に向いている仕事をふらふらと探し続ける日々。
何をやっても長続きしない勇者はかつての過去ばかり振り返るようになった。
「昔はよかったなぁ……魔物がいたころはみんなが俺を求めてくれて。
俺が息をするだけで女は惚れたものだったっけ……はぁ」
魔王城跡地にできた公園のベンチで勇者は落ち込んだ。
――もういっそ、平和を壊してしまおうか。
勇者には不可能ではなかった。
時間を戻すことも。
魔物を再度生み出すことも。
人間を魔物に変えてしまうことだって。
あらゆる方法で世界を混沌と闇の世界に叩き落とすことはできる。
そうすれば、また自分を必要としてくれる世界が戻ってくる。
毎日平和という目標に向かって輝いていたあの頃に……。
「よし……!!」
勇者覚悟を決めて立ち上がると、目の前に小さな女の子が立っていた。
「やぁ、ようじょちゃん。俺の名前は知っているかい?」
「しらなーい」
ほらな、と思った。
誰が平和にしたんだと思っているんだ。
一度、平和を手にしてしまえばその過程で人がどれだけ努力したかも忘れられる。
「でも、おにいちゃんのおしごとしってるよ」
「いやもう俺は勇者じゃ……」
「ヒーローでしょ? いろんなまちにいって、
わるいまものがいないかパトロールしてくれてるんだよね。
わたし、おにいちゃんいつもパトロールしてるのしってるもの」
勇者は泣いて女の子を抱きしめた。
しまっていた勇者マントを羽織ると太陽を背にして答えた。
「そう。俺は勇者じゃない。平和を守るヒーローさ!
思い出させてくれてありがとう、ようじょちゃん!!」
ヒーローとなったすぐ後、女児に接近した不審者は
通報により犯罪者にジョブチェンジを果たした。
世界を救ってからの勇者ニートNEXT ちびまるフォイ @firestorage
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