【第三十四走】 打てば響く声

「おい、おっさん!」


 上から降る言葉にうつむくと、今度は下から言葉が昇ってきた。少し離れた場所の翔多しょうたが声をかけてきたのだ。

 そちらのほうを振り向くと、いつのまにか七香なのかさんが彼のとなりに寝転んでいた。じたばた暴れた挙句、そこまで転がっていったらしい。髪の毛も上着もめちゃくちゃになっている。

 他に見ている人間がいないとはいえ、さすがに見かねた俺は仕方なくそちらへ向かい、問題セクハラにならない範囲で砂やほこりをはらってあげた。

 その最中、俺に撫でられていると勘違いしたのか――七香さんは「むふふー」などと満足げに微笑んだのち、すやすやと眠りに入ってしまった。どうしてこんな硬い床で寝れるんだ、この人は。

 そういえば以前、「自分の特技はいつでもどこでも寝れるところ」とか言っていたが――あれは本当だったのか?

 そんな思考に囚われていると、再び翔多に声をかけられた。


「おっさんってばよ! 無視すんなよ!」

「おっさんはやめろ。せめて兄貴と呼べ」


 俺が苦言を呈するのも聞かず、興奮したように翔多が叫ぶ。


「呼び方なんかどうでもいいんだよ! それより――誰だ、このキレイなねーちゃんは!?」


 キレイなねーちゃん?

 はたしてそんな人がどこにいるのだろうかと思い、あたりを見渡してみた。

 ここは子供神の神通力によって人払いがされているので、俺と子供神と床レンガの翔多を除けば、ねーちゃん――つまり女性と呼べるのは二人、いや正確には一人と一台だけだ。

 かたやユキ。

 確かに車体は白くてキレイだが、さっきまでは一緒に会話をしていた。翔多自身の要望通り、存分に踏みつけてもやった存在だ。知らないわけがあるまい。だから違う。

 こなた七香さん。

 見た目は確かに整ってはいるかもしれないけれど、今では酔い潰れて眠るだけの存在と化している。ねーちゃんというよりはおっさんと言ったほうが近い。

 となれば彼女も違うだろう。

 結局俺にはキレイなねーちゃんなる存在を見つけることができなかったため、翔多に確認してみた。


「すまんな――そんな人、どこにも見当たらんのだが」

「わざとらしい演技はいらねーんだよ! 今、俺の横で寝てる――こ、このねーちゃんのことだよ!」


 どうやら、偶然訪れた年上の女性との添い寝という状況に、十四歳の多感な少年は興奮を隠しきれていない様子だった。

 俺にもそんな時期があったからわかる。十二分に理解できる。嫌というほど、むしろ痛いほどに理解できすぎる。


 だからこそ――意地悪してやりたくなるのが俺の性分である。


「残念ながら、それはただのしかばねだ。返事はない」

「思いっきり生きてるだろうが!」

生ける屍リビングデッドという可能性もあるぞ?」

「だったらここはどこのナーロッパなんだよ!」

「ならば世にも珍しい、人間の酒漬けだ。刮目かつもくするがいい」

「素直に『酔っ払い』って言えよ、回りくどい!」

「見つめ合うと素直におしゃべりできなくてな」

「サザン!」

「良く知ってるな、お前」


 どんな言葉でも、即座にツッコミを返すコイツの能力は認めていたが――まさか最後の言葉まで通用するとは思わなかった。二十年も前の曲の歌詞なのに。


(――なんて面白い奴だ)


 そう思い、あまりの愉快さについ笑ってしまった俺を見て、翔多は気付いた。


「さてはアンタ、遊んでるな!」

「さすがにバレたか――すまん、許せ」

「こっちはマジで聞いてんのに、なんでそんなことするんだよ」

「いやなに――普段は周囲にボケしかいなくて、俺がツッコんでばかりでな。だから、優秀なツッコミがいて安心してボケられる環境が新鮮だったんだよ」

「俺だって、好きでツッコんでるわけじゃねぇよ! いい加減にしろよな、アンタ!」

「悪かったって。それより――」


 自分で意地悪しておいてなんだが――さすがに相手が気の毒に思えて、話を本来の方向に戻すことにした。


「お前の願いは、そこの寝っ転がってる七香さんに踏んでもらいたいってことでいいのか?」

「ああ、いい! それでいい! それがイイ!」

「発言自体はだいぶよろしくないんだが、それはおくとして。そうだとしたら解決も楽なんだが――しかしなぁ」


 足元に転がる人影を見て、俺は腕を組んでうなってしまった。

 現状、七香さんは翔多を踏むどころか大地を踏むことすら難しい状態である。さすがにしばらくしたら、酔いもさめて目覚めると思うけれども、それがいつになるかはわからない。

 とりあえず制限時間タイムリミットを確かめるべく、術をかけた本人に丁寧にたずねてみることにした。

 頭上にいる子供神に向かって、うやうやしく声をかける。


「なあ、子供神クソガキ

「何用だ不敬者クソガキ


 再び上空から声が降ってきた。なかなかいい煽り返しじゃないかこの野郎。


「この人払いはいつまでつんだ?」

「我が解除するまで、特に制限はないが――現実的には、夜明けまでが限界だろうな。それ以降はさすがに混乱が生じかねん」


 確かに子供神の言う通りだ。

 今は人の往来の少ない深夜だからいいものの、これがたくさんの人が行き交う朝ともなれば、さすがに異変に気付く人間も出てくるだろう。さっき交わした子供神との会話によれば、超常現象が効きにくい人間もいるようだし、そんな相手がここに立ち入ったら、大問題になりかねない。


 だがしかし。


 逆に言えば、それまでは時間があるということである。

 スマホで時間を確かめてみると、現在の時刻は午前三時を回ったところだった。ならば、少なく見積もってもあと二時間は猶予があるだろう。

 だったら――。


「だったら――話をしようぜ、翔多」

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