【第二十三走】目で見て通じ合う
「お話してくれるのは嬉しいけど――いいの? こんなに遅い時間に」
「いいも悪いもないよ。俺は、そのためにここに来たんだから」
本心から言った言葉だったが、そのセリフの歯が浮くどころかぶっ飛びそうなクサさに気づき、思わず赤面した。
顔を背けながら、背後の子供神へ向かって声をかける。
「ああそうだ、忘れてた――おい、
俺は後ろを振り向き、子供神に向かって声をかけた。
「さっさと打ち合わせ通りにやりやがれ」
照れ隠しもあって、普段よりもさらに乱暴な言葉遣いになってしまう。
そんな俺の態度に顔をしかめながら、子供神は返答した。
「人払いに関してはすでにやっているぞ」
「もう一つのほうもだ。さっさとやれ」
「先ほどからキサマ、神に向かってなんたる態度を――」
「つべこべ言うな。いいからやれ」
「いちいち『やれ』『やれ』と――」
なおも口ばかりを動かす子供神を睨みつけて、俺は言った。
「黙ってやれ」
「――やれやれであるな」
子供神は肩をすくめ、俺の命令口調を指摘する面白くもないギャグを口にしたあとに、なにやら聞きなれない言葉をぶつぶつとつぶやき始めた。おそらく奇蹟発現の
それはさておき。
ここに来るまでの間に、俺は子供神へ依頼する奇蹟を二つほど決めておいた。
一つは、人払いだ。
いかに深夜で交通量の少ない道路とはいえ、夜中に信号機を見上げてぶつぶつ言っている男がいたら不審がられるだろう。昨晩ここを訪れた際は、そのことばかり気になって、
だからまずは、集中して話し合える環境を作るために、人払いを願ったのだ。
そしてもう一つは――。
「終わったぞ。そら」
「お、おお――?」
子供神がそう言うと、俺の身体は徐々に地面を離れ始めた。
そう――もう一つの願いとは、「宙に浮かぶこと」である。
これは、「美桜さんと視線を合わせるため」の願いだった。
――転生する前、まだ学生だった頃の美桜さんは、大学入学を機にお洒落に目覚めた。その理由は、「今までのパッとしない自分を変えるため」である。
しかし、その成果を披露する前に、不運な事故でその命を散らしてしまい――さらに不運なことには、底意地の悪い縁結びの神によって、このような信号機へと姿を変えることとなってしまったのだ。
その結果、彼女は「誰かに見て欲しい、注目して欲しい」という未練を持て余し――地縛霊一歩手前になっていたのである。
そして俺は、その未練を果たすため、友人たちを引き連れ彼女に注目を集めようとした。しかしそれは誤りであると
学食で、
「女性がお洒落をするのは、自信のある自分でいるため」だと。そして「その姿を見せたいのは、鏡の前の自分」だとも。
しかしその後、七香さんに見つめられて俺は気づいた。彼女の言う鏡とは、文字通り姿見鏡のみを指すものではない――と。
ならば、他に姿を映すものが何かといえば、それは――他人の瞳である。
つまり美桜さんは――他人の瞳に自分が映っていることを、確認したかったのだ。
彼女はきっと――寂しかったのだろう。
単純に風景として見て欲しかったわけではない。
ましてや怪異として悪目立ちしたかったわけでもない。
ただ一人の人間として、誰かの目にその姿を映して欲しかったのだ。
だがしかし。
「どうして彼女がそこまでの寂しさを感じているのか」ということまでは解らなかった。
俺はお洒落を覚える前の彼女が、どんな生活をしていたかは知らない。
彼女が大学生活に、どんな風景を夢見ていたかも解らない。
だからそれを知るために、彼女と話をしにきたのだ。
――きちんと目を見つめて。
「――よっと。やあ美桜さん、改めましてこんばんは」
「ああ、なんてことかしら」
美桜さんの高さまで浮遊したあたりで声をかけると、彼女は照れたように赤信号をピカピカと光らせた。
一瞬「このまま昇り続けたらどうしよう」と不安になったが――ちょうどいい高さで上昇は停止した。どうやらあの子供神は、ちゃんと高さ調整までしてくれたらしい。もっとも、それに対していちいち感謝などしたりはしない。むしろそれくらいはやって当然である。
なんせ願いを伝えた当初、子供神からは「願いは二つなのだから、賽銭は千円だ」と言われたのだ。
しかし俺とて、相手の要求を鵜呑みにする人間ではない。「人払いは仕事をするうえで当然の環境整備だ。支払う義務はない」と返してやった。するとヤツは「願いは願いだ。賽銭がなければ奇蹟は起こせん」などとたわけたことを言い始めた。
どうしても値切りたい俺はしばらく問答を続けたが、相手に折れる気配はなかった。おそらくは、賽銭無しでは力がでないというのは本当のことなのだろう。
仕方がないので「ならば、人払いに関して金を払うのは今回限りだ。今後は俺が望んだら速やかに行え」と言うと、最終的には子供神もそれを飲んだ。
なんとか条件が整って安堵すると、
「信心深くはないくせに、用心深いやつだなキサマは」
などと憎まれ口を叩かれてしまい、言い返すことはできなかった。
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