【第十三走】無念の色
人生でもっとも嬉しくないひざ枕を経験した俺は、もたれかかっていた
「す、すまない――まさか感覚もあるとは思わなくて」
「い、いえ、大丈夫。ただ、ちょっと、びっくりしちゃって――」
お互いに気恥ずかしくなって、「あはは」「うふふ」「まいったな」「なんてことかしら」などと笑ってごまかし合う。そのさまを見ていた
「ちょっとちょっとご両人。若い人だけでよろしくやるのも結構だし、邪魔者は退散したいのもやまやまなんですけどぉ――本来の目的を忘れてませんかぁ?」
こちらを向いている彼女の大きな
「アンタもさっさと帰りたいんでしょ? だったらとっとと要件すませなさいよ」
「あ、ああ――うん。そうだな」
「ご、ごめんなさい――変なこと言っちゃって」
「いやいいんだって。それにこっちこそ、デリカシーのないことをして申し訳ない」
「ううん、そんな――」
「だからイチャつくなと言ってんのよ!」
甘い空気に浸りたいと望む俺に、ユキは的確に冷水を浴びせてきやがる。まったく、どうせ無機物が彼女になるのなら、美桜さんのように奥ゆかしい人のほうが良かったなどと思ってしまう。
もっとも、対象が無機物である時点で、その空気がいかに甘かろうが――二人の接触は当然、固く冷たいものにしかならない。俺はそのことを、のちに嫌というほど知ることになる
だがしかし。
現状そんなことを知りえない俺は、
そんな空想とも妄想ともつかない思考の中で、ふとあることに思い当たった。
「そういえば――美桜さん」
「なあに?」
「アンタ、日付が変わった直後デタラメな発光しながら『私を見て』って叫んでたよな?」
「う――」
「あれはいったい、どういう意味だったんだ? もしかして、それがアンタの抱える『無念』なのか?」
あらためて視線を上空の信号に向けながら尋ねる。
その先には、街路樹よりも高い位置で赤い光を放つ、美桜さんの明かりがあるのみだ。
視線を逸らすことがかなわない彼女は、言いにくそうにしながら答えた。
「――ええ、そうよ。私、みんなに見て欲しかったの」
どうやら俺の推理は正解だったようだ。もっともそれは、理論も何もない純度百パーセントの当てずっぽうだったが。
「だからあんな手当たり次第に、光を発していたのよ」
「一歩間違えれば大事故で
俺の指摘に、彼女は本当に申し訳なさそうなトーンで答えた。
「それは重々承知してたわ。でも、それでも――どうしても誰かに、私のことを認知して欲しかったのよ」
「なんで――」
「そこまでして」と続ける前に、美桜さんが言った。
「私――実はね。この春、大学に入学が決まったばっかりだったの」
「――え?」
年下かよ、と思って驚きの声を漏らす。
そんな俺の驚きには構わず、彼女は話を続ける。
「私は、高校生だった去年までは、地味で冴えない見た目でね。誰かに注目されることなんてなかったわ。自分でも野暮ったいと思ってたし。だからそんな自分を変えたくて、大学デビューするために、入学前に一生懸命お化粧やお洋服のことを勉強したのよ。大学生活が始まったらアルバイトをして、そのお金で変身しようと思って。そしていざ、入学式が終わったと思ったら――」
「思ったら?」
「帰り道で、居眠り運転の車に轢かれたの。せっかく覚えたお化粧もファッションも披露できないまま――おしまい」
最後の「おしまい」は、ひどく投げやりな言い方だった。
ふいに夜風が吹き、周囲の木々の葉をざわざわと揺らす。
その音に驚き――いつのまにか俺は、彼女の話を聞き漏らすまいと真剣に耳を傾けていたことに気がついた。
ユキは何もしゃべろうとしない。同じ女性として、さすがに思うところでもあるのだろうか。
「そのあとで
「でも?」
「こんな田舎道じゃ、夜はほとんど誰も通らなくて。結局誰にも気づいてもらえなかったわ」
「まあ、そうだろうな」
そもそも交通量が激減するからこそ、信号は点滅状態になるわけだし。
これがせめて、もう一本向こうのより繁華街に近い通りの信号ならば、もう少し人目に付いただろうに。
そう思って、一人で光る彼女の姿を想像してみた。
遠くに見える駅前の人や車に向かって、必死で輝き続ける彼女。
しかし、看板や街灯など様々な光にあふれるあちら側にいる人たちは、誰もこちらに気づきはしない。
そうして彼女は叫びながら光を放ち続ける。
誰にも聞こえない声と、誰にも届かない光で。
それでもなんとか、自分の存在をアピールし続ける。
――つくづく、あの子供神の底意地の悪さが感じられる。
思わず美桜さんに同情してしまった。
その健気さに胸を打たれていたところで――再び考えなしの
「ちなみにアンタ、いったいいつからそうしてたわけ?」
「えっと――二ヶ月くらい前、かな。私がここに転生したのは、ちょうど四月一日だったから」
「二ヶ月もこんな怪奇現象を起こしてて、誰にも気づかれなかったわけ? いくら深夜の田舎道でも、車だってそりゃ一台くらい通るでしょ。なのになんで誰もアンタに気づかないのよ。おかしくない?」
「そ、それは――」
そのあまりにも冷徹な物の言いように、俺は
たしかに現実的に考えれば、ユキの言うとおりかもしれない。だが、美桜さんだって四六時中光っていられたわけではないはずだ。あまりの悲しみに、光ることを忘れる夜もあったろう。いきおい己の境遇に涙を流したくとも、しかし無機物の身体ではそれもかなわない。そのまま泣くこともできずに、朝方になって
だというのに。
かたやうちの相方ときたら――理路整然と理屈をこねればいいと思ってやがる。
血の代わりにガソリンやオイルが流れている奴は、これだから困る。人間の温かみというものがまったく失われているのだ。だから被害者に寄り添う発想もできないのに違いない。
「それは――それが――」
ユキから心無い追求をされ、美桜さんはかわいそうにもしどろもどろになっている。
それを不憫に思った俺は、彼女に加勢してあげることにした。
「おいユキ。お前さぁ、少しは美桜さんの心情ってヤツをだな――」
しかしその言葉を遮ったのは、ほかならぬ美桜さん自身だった。
「それが、その――やっぱり、いざとなると恥ずかしくて――誰かが来ると、普通にしてたのよ」
「なんじゃいそりゃあ!」
俺とユキは声を合わせて、思う存分ツッコんだ。
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