【第十二走】井戸の役割
「みお――さん、ですか?」
「そうよ。美しい桜と書いて
「確かにいい名前ですね。いやはや、親御さんはいいセンスをしてらっしゃる。日本三大美の『雪月花』から名前を取るとはね」
そういえば、雪月花から一文字を取って原付に名前を付けた雅な男がいるらしい。しかもその彼は、何故だか非常に近くにいるような気がしたので、つい賞賛の言葉が口からこぼれてしまった。
「自画自賛するなら、もっと直接的にしなさいよアンタ」
「さて、なんのことやら――それよりも」
脇から聞こえる雑音を遮り、俺は続けた。
「えぇと、美桜さん?」
「なあに?」
「アンタは一体、何を心残りにしているんだ? もちろんこの転生に不満はあるんだろうが、それだけじゃないんだろう?」
「ああ、なんてことかしら。そこまで察してくれるだなんて」
「別に察しちゃいないよ。アンタの胸の内なんて、俺なんかには解らないって。だから訊いてるんだ」
そう、解るわけがない。
俺は偶然、常人離れした能力を得たが――それはただ、『他の転生者と話ができる』というだけのものだ。子供神のように、相手の内心を
「そうよ。この転生者人権無視野郎に、そんな思いやりがあるわけないでしょ」
「いちいち茶々を入れるな。話がややこしくなる」
「でも、じゃあ、なんで――私が未練を持っていると思ったの?」
「言いにくいことだが――」
小さく咳払いをして、言葉を続ける。
「子供神が言うには、今のアンタは――無念の力が強すぎて、半ば地縛霊化してるんだってよ」
本来であれば子供神が持つ『心を読む能力』で原因を突き止め、対策すれば即座に解決する――はずだった。
ところが現在、子供神は神の力をほぼ取り上げられている。そのため、美桜さんが内に秘めた原因が解らない。
このまま無念を溜め込み続ければ、美緒さんは間違いなく地縛霊化する。
そして地縛霊は、誕生すれば必ず人間に悪影響を及ぼすという。
己の無念が昇華されるまで。
そうなる前に、なんとかせよというのが、大社の主からのお達しであったらしい。ならば力を取り上げるなよと、当事者としては思うのだが。
それはともかく。
「ってわけで、俺にそういう存在を『救済』して欲しいと、頼まれたわけだ」
「『救済』って――いったい何をしてくれるの?」
「ああ。まあ実際は、そんな大げさなことをするわけじゃないんだけど――美桜さん、アンタ『王様の耳はロバの耳』って話、知ってるだろ?」
「ええ、もちろん」
「俺は、そこに登場する『井戸』の役割をするんだよ」
王様の耳はロバの耳。
有名なイソップ寓話であるが、一応説明をしよう。
ある国の王様の耳は、通常の人間のものとは異なり、ロバの耳だった。国民がその事実を知ることもなく、国内でそれを知るのは国王自身とその臣下のみであったが――唯一、外部の者が知ってしまうことになる。
床屋である。
もちろん床屋は、臣下たちから口止めを要求された。「秘密を漏らせば処刑する」と脅しまでかけられた。
そのため彼も、しばらくはこらえたものの――「この王様の奇怪な耳を誰かに言いふらしたい」という思いがどうしても抑えきれない。そしてついには、我慢のし過ぎで身体に異変をきたしてしまうほどになる。
困った床屋が医者を尋ねると、「抱え込んだ秘密を打ち明けなさい。そうすれば症状は治まります」と診断される。
そこで、その秘密を吐き出すために選んだものが――井戸である。
彼が井戸に向かって思いっきり「王様の耳はロバの耳」と叫ぶと、体の異状は瞬く間に解消された――というのが、大まかな流れである。
「つまりは――俺の能力を使って、転生者たちの恨みつらみを満足するまで聴いてきてくれっていうことだ。身体に異変が起こる前にな」
とにかく、今溜まっている様々な転生者の無念を吐き出させる。
そうして間接的に地縛霊の発生を防ぐことで、転生者たちを救うという――なんとも地味な活動が、『救済』の真実なのである。
「でも、その寓話の結末って――結局井戸が国中に繋がっていて、王様の秘密がバレちゃったって話でしょ? 確かにアンタは口軽そうだから、簡単に言いふらしそうね。信用ならないわ」
「お前、異世界転生者のくせにそんなことまで知ってるのかよ」
「ちなみに吐き出した先が、場合によっては井戸だったり自分で掘った穴だったり壺だったりするのも知ってるわよ」
「へぇえ、そうなの? よく知ってるわね。なんてことかしら、どうしようかしら」
どうやらこの、「なんてことかしら」というのが美桜さんの口癖らしい。
「あのな――もし仮に俺が『あの交差点の信号機、こんな無念を持った半地縛霊なんだぜ』って言ったとして――周りがどう受け取ると思うんだよ?」
「間違いなく『佐竹はヤバいヤツ』って思われるでしょうね」
「だろう? そうと知って、そんなアホなことするわけないだろ。それに――」
俺は胸を張って言った。
「俺には、実績がある」
「実績?」
「ああ――実際に同じようなことを、
「同じようなことって、何をよ?」
察しの悪い相棒に向かって、はっきりと言ってやった。
「だから、愚痴聴き屋――つまり『井戸屋』を、だよ」
そこに深い意味などない。
俺の名前をもじっただけで、要するに俺は、彼女にとって――単なる愚痴のはけ口なのである。
だから俺は、彼女を友人とは認めないし、彼女も俺を友人とは決して呼ばない。そもそも彼女は、男女間の友情自体を信じていない。俺たちが遠慮なく煽り合いができているのはそのためだ。
「かれこれ半年はやってるぞ。客は一人だけだが、いまだに漏らしたことはない。守秘義務は守るのさ、俺は」
「アンタなんかに愚痴るなんて――よっぽどの物好きね」
「――まぁな」
否定しきれず、思わず眉根が寄ってしまう。
きっちゃんから「仲が良い」とは言われるが――実のところ俺たちは、内心では決して解り合えていない関係なのだ。言い換えれば、いつ破綻するかもしれない、殺伐とした関係である。
それでもまだ関係が続いているというのは、確かにユキの言うとおり「よほどの物好き」なのだろう。お互いに。
そんなことを考えていたら、なんだか気が重くなって――思わず俺は、美桜さんにもたれかかった。
「あの、さ――佐竹さん?」
「ん?」
上ずるような彼女の声のトーンに気づき、身を預けたまま俺は見上げた。
「あの、その、そんな大胆に、脚を触らないで欲しいのだけれど――」
「は?」
「だから、佐竹さんが触ってるそこ――私の脚なの」
恥じらいながら訴える美桜さん。
どうやら転生者は無機物ながら、意識だけでなく人体の感覚もあるようだ。
そして俺は、ふと気づいた。
今の俺は、女性の脚に上半身をあずけている状態――言うなれば、ひざ枕状態である。
母親以外の女性からひざ枕を受けるのは、二十年生きてきて初めての経験だった。
そんな、人生初のひざ枕の感想は――非常に冷たく、非常に硬かった。
思わず涙をこらえる俺に、ユキがピシャリと言った。
「――涙ぐむほど喜ぶとか、サイテー」
「まて、誤解だ」
とんでもない風評被害を受けてうろたえる俺に向かって、上から照れるような女性の声が落ちてきた。
「――ああ、なんてことかしら」
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