第二章 はじめての声
【第十走】閃光
「なるほどね。あの
ユキは不機嫌そうに尋ねてきた。
「それで、なんでアタシたちはこんなトコにいるわけ? こんなド深夜の道端に」
現在の時刻は午後十一時五十分。
あの
ここは駅前の繁華街と郊外の田舎道を繋ぐ、分岐点のような場所であり――この交差点の信号機こそが、
「なんでも、ここにその対象がいるらしいんだよ。その――『救済』の対象がな」
昨日の今日でこの身のこなし。我ながら感心するフットワークの軽さである。もっとも――その軽すぎるフットワークのせいで、今こんな目に合っているとも言えるのだが。
己の性分に頭を悩ませながら、
しかし、しばらくはここで時間が来るのを待つ必要があるのだが、そのまま車道にい続けるのは非常に危険である。
ふと見渡すと、少し戻ったところに自販機があったので、そこまで引き返してお茶でも買うことにした。目的は信号機にあるので、目の届く場所ならどこでもよかった。
自販機の横に
自販機の明かりに引かれてたくさんの虫がついてはいたが、道路を通る車はまったくない。もちろん歩道を歩く人影もない。静まり返った夜の歩道で、冷えたペットボトルのお茶を飲みながら俺は、昨晩のことを思い出していた。
結局、子供神から依頼された内容というのは、言うなれば――ヤツの尻ぬぐいであった。
聴くところによると――あのアホ神は、これまでも散々テキトーな輪廻転生を行ってきたらしく――
そこで事態を重く見た大社の主が監視に訪れたところ、おり悪く――しかし、俺にとっては絶好のタイミングで――ヤツが雑で考えなしの
そうしてめでたく、奴はお説教の上で大社の主に力を没収され――返してほしければ心を入れ替えて、被害者の救済を行え――と告げられたのである。ゲンコツつきで。
とはいえ、救済しようにも力を失った子供神にはなんの当てもなく、悩んだ末に――前日に会ったばかりの
「やれやれ――」と一人でため息をつくと、
「まったく――あんなのが縁結びの神とか、世も末ね」
「まあ、抑止力はちゃんと機能してるみたいだから、多少は安心だけどな。そうじゃなかったら、俺も原付が生涯の彼女になるところだったぜ」
「なによ、なんか文句でもあんの? こんなに可愛い彼女だってのに」
「可愛いかどうか以前に、人間じゃないのが問題なんだよ」
「だとすれば、アンタはよっぽど人外に縁があるのね」
蔑むようなニュアンスを含ませて、ユキが言葉を続けた。
「子供神といい、アタシといい、その被害者たちといい――全部人間じゃないじゃない」
「まったくだ」
ユキの悪態には付き合わずに、軽く流す。こう見えても俺は、初仕事を前に多少緊張しているのだった。
かたや望んだ反応が得られず、彼女はつまらなさそうに「ちぇっ」と舌打ちする。
そんなユキを尻目に、俺は仕事について思い返す。
実際――被害者の救済を行うにしても、あの
思い出して少しイラつき始めたところで、ユキが声をかけてきた。
「ねぇ――いつまで」
「待つの?」という疑問を、俺は途中で遮った。
「静かにしろ――そろそろ時間だ」
そう言って、スマホの待ち受け画面を見つめる。
午後十一時五十九分。
まもなく日付変更の時刻である。
俺は息をのんで、視線を交差点の信号機に移した。
田舎の信号は、交通量の減る深夜になると、赤の点滅表示になるところも少なくない。場所にもよるが、おおむねそれは午前零時が境であることが多く、ここの信号もその例に漏れない――のだが。
午前零時になったのだろう。
信号が点滅し始めた。
ただし――赤だけではなく、黄色や青もでたらめに、である。
あまりの光景に言葉を失う俺。
さすがの
それくらい、信号機はやたらめったらに光を放ち――それはさながら、クラブのネオンのようだった。もっとも、俺はそんな場所に行ったことがないので、
それはともかく。
そのまま俺たちが、光の渦に巻き込まれながら呆然としていると――今度は何やら声らしきものが聞こえてきた。
「――て」
かすかに聞こえたそれは、徐々に音量を増して、
「――見て」
やがてはっきりと聞こえはじめ、
「見てぇ!」
それが女性の声だと気付いたころには、
「見ぃぃぃぃいいいいてぇぇぇぇぇええええええ!」
大絶叫に変わっていた。
「見てぇぇぇ! 見てぇぇぇ! 私を見てぇぇぇぇぇええええええ!」
「やかましい!」
あまりの音量に耐えかねた俺は、負けじと声を張り上げてしまった。
次の瞬間、今が深夜であることを思い出し、あわてて周囲を見回したが――幸い周囲の民家などに反応はなく、胸をなでおろした。
すると、そんな俺に向かって――信号機が驚いたように声をかけてきた。
「――あなた、私の声が聞こえるの!?」
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