第二章 はじめての声

【第十走】閃光

「なるほどね。あの子供神コドモの事情は分かったけど――」


 ユキは不機嫌そうに尋ねてきた。


「それで、なんでアタシたちはこんなトコにいるわけ? こんなド深夜の道端に」


 現在の時刻は午後十一時五十分。

 あの子供神クソガキから協力を依頼された翌日――つまり今日――俺はさっそく、ユキを駆ってとある交差点を訪れていた。

 ここは駅前の繁華街と郊外の田舎道を繋ぐ、分岐点のような場所であり――この交差点の信号機こそが、子供神アイツに示された場所なのである。


「なんでも、ここにその対象がいるらしいんだよ。その――『救済』の対象がな」


 昨日の今日でこの身のこなし。我ながら感心するフットワークの軽さである。もっとも――その軽すぎるフットワークのせいで、今こんな目に合っているとも言えるのだが。


 己の性分に頭を悩ませながら、原付ユキのエンジンを切った。深夜のアイドリングは、付近の住民の迷惑になるからだ。それに、あまり目立ちたくないというのもある。

 しかし、しばらくはここで時間が来るのを待つ必要があるのだが、そのまま車道にい続けるのは非常に危険である。

 ふと見渡すと、少し戻ったところに自販機があったので、そこまで引き返してお茶でも買うことにした。目的は信号機にあるので、目の届く場所ならどこでもよかった。

 自販機の横に原付ユキを停め、ヘルメットを脱いで夜風に当たると、なんとも言えない生ぬるい風が吹いてきた。きっとこの先の繁華街の熱気を含んだ風なのだろう。その風から、コンクリートやエアコンの室外機などの、人工的な匂いを感じたからだ。

 自販機の明かりに引かれてたくさんの虫がついてはいたが、道路を通る車はまったくない。もちろん歩道を歩く人影もない。静まり返った夜の歩道で、冷えたペットボトルのお茶を飲みながら俺は、昨晩のことを思い出していた。


 結局、子供神から依頼された内容というのは、言うなれば――ヤツの尻ぬぐいであった。

 聴くところによると――あのアホ神は、これまでも散々テキトーな輪廻転生を行ってきたらしく――転生者ひがいしゃからの不平不満クレームが、この街一帯を治める大社のもとへ集まっていたらしい。

 そこで事態を重く見た大社の主が監視に訪れたところ、おり悪く――しかし、俺にとっては絶好のタイミングで――ヤツが雑で考えなしの縁結びしごとをしている現場を見咎められたらしい。ちなみにその現場とはもちろん、俺の願いを叶えている場面である。

 そうしてめでたく、奴はお説教の上で大社の主に力を没収され――返してほしければ心を入れ替えて、被害者の救済を行え――と告げられたのである。ゲンコツつきで。

 とはいえ、救済しようにも力を失った子供神にはなんの当てもなく、悩んだ末に――前日に会ったばかりのにんげんを思い出して白羽の矢を立てたというわけだ。

 「やれやれ――」と一人でため息をつくと、相方ユキが俺の内心を察したかのように声をかけてきた。


「まったく――あんなのが縁結びの神とか、世も末ね」

「まあ、抑止力はちゃんと機能してるみたいだから、多少は安心だけどな。そうじゃなかったら、俺も原付が生涯の彼女になるところだったぜ」

「なによ、なんか文句でもあんの? こんなに可愛い彼女だってのに」

「可愛いかどうか以前に、人間じゃないのが問題なんだよ」

「だとすれば、アンタはよっぽど人外に縁があるのね」


 蔑むようなニュアンスを含ませて、ユキが言葉を続けた。


「子供神といい、アタシといい、その被害者たちといい――全部人間じゃないじゃない」

「まったくだ」


 ユキの悪態には付き合わずに、軽く流す。こう見えても俺は、初仕事を前に多少緊張しているのだった。

 かたや望んだ反応が得られず、彼女はつまらなさそうに「ちぇっ」と舌打ちする。

 そんなユキを尻目に、俺は仕事について思い返す。

 実際――被害者の救済を行うにしても、あの子供神クソガキはそれがどれだけいるのかを、はっきりとは覚えていないらしい。もっとも、その数は多くないらしく、ヤツ曰く「十人はいないだろう」とのことだった。その理由も単純で、「基本的に面倒だから、願いを聞いても叶えていない」という、非常に奴らしくはあるが神らしくはない理由のためだった。ちなみに仕事の依頼も、「思い出したら告げる」などというふざけた方法である。

 思い出して少しイラつき始めたところで、ユキが声をかけてきた。


「ねぇ――いつまで」


 「待つの?」という疑問を、俺は途中で遮った。


「静かにしろ――そろそろ時間だ」


 そう言って、スマホの待ち受け画面を見つめる。

 午後十一時五十九分。

 まもなく日付変更の時刻である。

 俺は息をのんで、視線を交差点の信号機に移した。

 田舎の信号は、交通量の減る深夜になると、赤の点滅表示になるところも少なくない。場所にもよるが、おおむねそれは午前零時が境であることが多く、ここの信号もその例に漏れない――のだが。

 午前零時になったのだろう。

 信号が点滅し始めた。

 ただし――、である。

 あまりの光景に言葉を失う俺。

 さすがの相方ユキも驚いて声が出ないようだ。

 それくらい、信号機はやたらめったらに光を放ち――それはさながら、クラブのネオンのようだった。もっとも、俺はそんな場所に行ったことがないので、想像イメージでしかないのだが――。


 それはともかく。


 そのまま俺たちが、光の渦に巻き込まれながら呆然としていると――今度は何やら声らしきものが聞こえてきた。


「――て」


 かすかに聞こえたそれは、徐々に音量を増して、


「――見て」


 やがてはっきりと聞こえはじめ、


「見てぇ!」


 それが女性の声だと気付いたころには、


「見ぃぃぃぃいいいいてぇぇぇぇぇええええええ!」


 大絶叫に変わっていた。


「見てぇぇぇ! 見てぇぇぇ! 私を見てぇぇぇぇぇええええええ!」

「やかましい!」


 あまりの音量に耐えかねた俺は、負けじと声を張り上げてしまった。

 次の瞬間、今が深夜であることを思い出し、あわてて周囲を見回したが――幸い周囲の民家などに反応はなく、胸をなでおろした。

 すると、そんな俺に向かって――信号機が驚いたように声をかけてきた。


「――あなた、私の声が聞こえるの!?」

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