絡繰り糸を伝ふ〈七〉

 カーテンを閉め、薄暗い部屋で顔を突き合わせるのは、花守隊の長であるカコイ麗華レイカ、その参謀である羽瀬ハゼ斎宮イツキ、そして翁寺・神守奪還作戦で深山杏李のを命じられていた百鬼ナキリ椿ツバキだ。

 議題は勿論、羽瀬の予想通りに大立ち回りを演じた深山杏李についてである。彼女の処遇について、三人は平行線のままかれこれ一時間も話し合っていた。


「深山のお嬢さんを戦列に加えることには反対だ」


 堂々巡りもこれで最後だと、椿は苛立ちを隠しもせずに羽瀬を睨みつける。


「刀霊の見立てによれば、深山のお嬢さんをこの世に繋ぎ止めているのは〈無銘〉の神気、そして『主を守る』という想いの残滓だ。だが、その力は深山のお嬢さんの意思を容易く征服する」


 それだけじゃあねェ、と椿は続けた。


「〈無銘〉の残滓はの想い、すなわち幽世かくりよの力だ。深山のお嬢さんはちょっとやそっとの穢れはものともしねェが……これはうつわの繋ぎから、すなわち内側から、お嬢さんの魂を侵していく。刀を抜かせることは避けたい」


「しかし、彼女は貴重な戦力です」


 顔色ひとつ変えず食い下がる羽瀬に、椿は目を細めた。


「戦力として数えるには不安定すぎるだろうが。暴走、なんてことになったらどうする」


「そのためにあなたをにつけているのではありませんか」


 深山杏李を監視し、必要とあらば首を刎ねる。神鷹の技巧を継承しているという杏李を殺すには、百鬼ナキリがいるのだと、羽瀬は暗に示す。


「その時が来れば、おれはそうする。だが——」


「椿さん」


 麗華の静かな声が椿を制する。麗華は一度目を閉じて、訪れた静寂の中で思案する。


「おふたりの主張、どちらにも道理があります。全を見れば、杏李さんの力は我々にとって追い風になる。柊橋ひいらぎばし禾橋のぎばしの奪還にも希望が見えてくるでしょう。ですが個として見れば……杏李さんが多数の問題を抱えている状態であることも分かります。万一の時、私たちが支払う代償は大きいわ」


 麗華は椅子から立ちあがると、カーテンを開けるために窓際に寄った。部屋いっぱいに差し込んだ陽光に、羽瀬は眩しげに目を細める。


「柊橋・禾橋の奪還作戦まで時はあります。その時までに、杏李さんが自分を見失うようであれば……椿さん、処断をあなたに任せます」


「……わかった」


 椿の声音に感情は見えない。羽瀬もまた、表情を消している。


まつりごとに関わるつもりはねェんだが……)


 深山杏李を巡って数々の思惑が動き始めていることを感じ、椿は内心渋面を作る。羽瀬の背後には首相・南条ナンジョウ志信シノブ、そして彼の補佐を受ける依花ヨルカがいる。全ての花守の統括である麗華の意思も、無視はできない。

 加えて、神鷹にどう説明すべきか——親友がどんな表情をするかに考えが到り、椿は小さく嘆息した。

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