絡繰り糸を伝ふ〈一〉

 吐く息が白い。肌を刺す冬の寒さゆえだ。同時に、と実感する。

 熱を持つ体が、脈打つ心の臓が伝えてくる感覚を——手繰たぐる。


 瞳を閉じ、開けば、それは金華の輝きを帯びる。

 あるいは時に、月の光を宿す刃のように、青白く。

 それは人ならざりし者のしるしであり、宣告である。


 踏み出す。洋靴ブーツが砂利を咬んで鳴いた。

 もう一歩。大きく踏み込んで、腰を落とす。

 抜刀——


無銘ムメイ


 を告げる。その刃が絶つものに、聞き届かせるように。

 美しく弧を描いた刀は、あやまたず霊魔れいまの首を刈り取る。


「……は、」


 一呼吸ののち、刀身の穢れ《血》を振り払う。その一連の動作は、まさしく山郷さんごう決戦の英雄・朝霞アサカ神鷹ジンヨウの太刀筋そのものであった。


 しかし、今や彼の佩刀はいとう〈無銘〉は、打刀から脇差へ。

 そしてその使い手は、神剣とうたわれた男から、深窓の少女へ。


 刀など振るったこともなければ、そもそも薄暗い部屋に幽閉されて育った、戦いとは無縁の、無力であるはずの、深山ミヤマ杏李アンリこそが——今、霊魔の跋扈ばっこする神守区の最前線に立っている。


 風をはらんだ羽織が音を立てた。

 誰もが少女の姿に魅入られている。

 目の前でにわかには信じがたいことが起こったのだ。


 少女の華奢な腕が振るう刃が、少女の倍もある背丈の霊魔を一刀のもとに斬り伏せる。そんな幻覚を見たと、思った。


「次が来るぞ、」


 唖然とする観衆へいたいの脇から飛び出した影が、杏李に襲いかかろうとしていた怪鳥の両翼をぐ。


 百鬼ナキリ椿ツバキ。代々〈椿〉を襲名する習わしである一門の当代である。両手にはそれぞれ抜き身の太刀と脇差が握られている。


 彼もまた、別格であることがわかる。太刀と脇差というものは本来、二刀を同時に扱うためにくのではない。しかし椿は、間合いの異なる獲物をこともなげに易々やすやす扱う。


 すべては霊魔の首を落とすために。


「神鷹に仕込まれたにしては……、まァいい」


 椿もまた、杏李の立ち回りには疑問を抱いているようだったが、霊魔は歓談の余裕をくれはしない。

 驚き固まったままの花守たちに、椿は声を張って号令を下した。


「大掃除だ。霊魔一匹たりとて生かして帰すな。すべてのけがれは清められる——進め!」

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