ビクトリー・オブ・グロリアス

デブリイエ

第1話



 ―――ひゅーーーーーーーーっ。

 

 幾度となく飛び交う飛行機のエンジン音がたくさんの人の耳をつんざいている。

 そんな轟音を気にすることもなく、空港のターミナル入り口には何人もの記者が集まっていた。


「まだ来ませんね……」

「いくら何でも遅すぎる……」

「おい、【LAX (ロサンゼルス) to  NRT(成田)904便】って遅延出てたか?」

「いえ、出てないと思いますけど……」


 出待ちする記者たちが、まだかまだかと痺れを切らす。

 その内の一人、40代半ばの中年記者が隣に連れだっていた20代のアシスタントに声を掛ける。


「おい鈴木」

「……」

「おい、きいてんのか?」

「あーすいません。ちょっと今いいとこなんすよ。LGの大会の動画見てて」

「……あぁん? 動画だぁ? そんなもんいつでも見れるだろうが」

「興奮してるうちに見るのがいいんですって。ほら見てくださいよこのプレー。相手の動きを完璧に予測した上でのこの追撃。完全に未来予知してますからね。正直世界で通用するレベルですよ」

「……画面がごちゃごちゃしててまったくわからんな」

「はぁ、なんで分かんないすか。……あーあ、もしかしてこれでプロ辞めちゃったりするのかな。日本でも選手続けてほしいんだけどなあ……よしあきさん」

「鈴木。念のため言っとくが、俺たちは読者を惹きつける面白い記事を書くためにここに来たんだからな? 遊びにきたんじゃないぞ」

「そのゲームの中身をちゃんと知らないと、満足にいく記事も書けないと思うんですけどね……」

「いいから、今のうちに捜しに行ってこい」

「あー、はいはいわかりました。……ったく人使い荒いんですから……」


 アシスタントは渋々と言った表情で耳に付けていたイヤフォンを外し、小走りで中の様子を見に行った。



 ――数十分後。


 アシスタントがぜぇぜぇと息を切らせながらターミナル入り口に戻ってくる。

 そして脇目を憚ることなく高らかに叫んだ。


「ど、どこにも見当たりませんでした!!」

「なんだとっ!? ちゃんとくまなく探したのか?」

「はいっ! ですがどこにも……」

「くそっ、逃げられたか!?」


 舌打ちを鳴らす記者。

 そんなやりとりを聞いていたのか、他の記者たちも俄にざわつき始める。 

 機材を撤収し、どこかへ移動をはじめる者までいた。

 現場が軽いパニックとも呼べるような状況になる。


 だがそれも当然のことだった。

 どこを捜しても見つかるはずないのだ。

 なぜなら―――。


「……ふざけんなよ……」


 その当人はトイレにこもっていたからである。


「なんであんなに出待ちしてんだよ……ちくしょうが……」


 先程ちらっと覗き見たターミナル入口での光景を思い出しながら、オレは1人、トイレ(大)で絶望していた。


「……はぁ」


 ……なんであんなに記者がいるんだよ。おかしいだろ。

 オレがアメリカに行く時ですらあんなに応援はいなかったぞ? そんなにオレの不幸が好きかよちくしょう。


「とりあえずあそこ見てみるか……」


 オレはポケットに入っていたスマートフォンを起動して、例のサイトを覗いてみることにした。

 すると、そこには―――


【よしあき出待ちスレ(LG強豪チーム、TEGを地に落としたあいつを許すな)】


『絶対許すんじゃねえぞ』

『あれだけ大口叩いてたのに、よくこっちに戻ってこれたよな。生きて帰れると思うなよ』

『スプリングシーズンはいつも優勝してたのに、あいつが入ったせいで一気に7位まで落ちた』

『ほんとそれ。10位中7位って初なんじゃね?』

『5年間くらいLGのプロシーン見てるけど、TEGはいっつも3位以内だった』

『八百長か?』

『……まさか。単純に下手なだけだろw』

『だよなー。プレー見ててもあれはないわーって思ったもん。低レートでもやんねーよあんなの』

『やっぱ今どきマウスとキーボード使ってるのがオワコンなんだよ』

『それだよな。あいつだけだろプロでVR使ってないやつ』

『プロじゃなくて、元プロ。今はただのニートだろw』

『だなw』

『んな事よりさ、出待ち配信見ようぜ。どんな面して戻ってくんのかめちゃくちゃ楽しみなんだけど』

『それにしても遅くね?』

『確かに。逃げたのかもな』

『でもちゃんと空港は全方位確保してるらしいぞ』

『じゃあ今頃どっかにたてこもってんじゃね?』

『ありえるありえるww』


「…………うっ……」


 全身からサーッと血の気が引いていくのが分かる。

 それ以上見るのはもう耐えられそうになく、オレはブラウザをそっとじした。


「まぁ、そうだよな……そうなるよな……」


 ネットの反応は予想通りといっちゃ予想通りだったが、心の中ではそうなってほしくはなかった。 

 昔はオレもめちゃくちゃちやほやされてたんだけどな……。

 期待の星! 日本LG界の英雄! みたいな感じで、さ……。


「どうしてこうなったんだろうな……」


 そんな過去と現在を比べ、あまりの落差に再びため息がこぼれ落ちる。


「7位、だもんなあ……」


 10位中、7位。

 それがオレの前シーズンの成績だった。

 前代未聞の成績にファンはがっくりと肩を落とし、ネットは大いに荒れまくったという。

 チームTシャツを引き裂く動画まで出てきたとかなんとか。

 兎にも角にも、これまでにない最低記録を叩き出したのは確かだったのだ。



 オレ、茅原義章かやはらよしあきは、『リーグ・グロリアス』(通称LG)のプロゲーマーである。

 15歳の頃日本サーバーでランキング1位を取り、その手腕を買われ、プロチームに加入。

 そこからみるみる頭角を現し、チームを日本一に何度も導いた。

 そして昨年、とうとうNAアメリカの強豪プロゲーミングチーム《Team・Elite・Gaming》――通称TEGからオファーが来たのだ。


 TEGとは、『リーグ・グロリアス』のアメリカの競技シーンにおいて花形とも呼べるべきチーム。

 国内リーグでは常に上位に食い込み、シーズン優勝も数知れず。世界大会でも実績をあげている程の名門だ。

 けれど最近は成績が落ち始めていて、再びメンバーを増強しようということでオレに白羽の矢が立てられたのである。

 しかし―――。


 アメリカに行ってからの成績は目も当てられないほど悲惨なもので。

 だから3ヶ月という最短期間で、オレはチームから放出されてしまった。

 オレでは明らかに実力不足だったのだ。


「あぁ。これから、どうすっかなぁ……」


 頭をカリカリと掻きながら、これからのことを考える。

 だが、そんなすぐ妙案は何も思い浮かばない。


「はあ、これでオレも職なしか……」


 特に実感はなく、何ともいえないやりきれない気持ちだけが残っていた。


 オレはとりあえず記者が消えるまで、ひたすらトイレにこもり、場をやり過ごすことにした……。



 ◆  ◆  ◆



 ―――夜。


 周囲に最大限の警戒を張り巡らしながら、オレは空港の外にあるロータリーへと出た。 

 冷たい夜風が全身に吹き付けてくる。

 さすがに逃げられたと思ったのか、記者は諦めて誰もいなくなったようだ。 

  

「ふぅ……なんとかなったな……」


 全身を和らげるよう息を吐き出すと、オレは電話でタクシーを呼ぶことにした。

 しばらく待っていると、タクシーがやってくる。


「どちらまで?」

「ここのネットカフェまでお願いします」


 キャップを目深に被りながら、オレは地図が表示されたスマホを差し出した。


「ええ、わかりました」


 運転手は静かに頷くと、すぐに発車してくれた。

 管制塔のぼんやりとした光が、じわじわと瞼に突き刺さってくる。

 そんな夜景を見ていると、うつらうつらとなってきて、やがてゆっくりと瞼を閉じていったのだった……。




 

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