第26話 つんけん
僕がホテルの予約を終えて、時間を持て余していると、ようやくちとせがお風呂から上がってきた。
そして、僕が座っているソファーの隣に下着姿で・・・って、下着!?
僕は思わずその後ろ姿に二度見してしまう。
綺麗な白い肌をさらけ出して、ドライヤーをコンセントに差し込むため、体を伸ばしている。
無防備にも背中を見せつけるようにさらけ出してくる姿は、お風呂上りのいい香りも相まって、余計に僕の視線を釘付けにする。
初対面だというのに何という大胆さ・・・ちとせ恐るべし。
そんなことを気にする様子も見せずに、ちとせは髪の毛をドライヤーで乾かし始めた。
「スマホとって!」
すると、僕を挟んだ向かい側にあるスマホを指さしてちとせが指図してきた。
その時、ちとせのスラっとした割れている腹筋と細いボディーラインが露わになり、黒のブラが胸を覆い隠していた。
一瞬見とれかけてしまうが、ちとせの機嫌を損ねないためにも急いでスマホを充電器のプラグから外してちとせに手渡した。
「はい・・・」
「ん」
そうして、ちとせはスマホをポチポチと操作し始めてしまった。
「…」
僕ってもしかして男とすら認識されてないのかな??
思わずそんな不安さえ過ってしまうほどにちとせは自由すぎる。スマホを操作している間も僕はいない存在かのように扱われている。
ドライヤーで髪を乾かし終えても、しばらくスマホと睨めっこしているちとせ。僕はその様子をただじぃっと眺めていることしか出来なかった。
その時だった、突然体から力が抜けたように、ちとせがこちらへと倒れ込んできた。
そのまま僕にぶつかりそうになる体を、両腕で受け止める。
ちとせの顔を覗き込むと、ちとせは首を上に上げて僕のことを見つめてきた。ちとせの体は、お風呂上がりのためポカポカと暖かかった。
僕もニコッと微笑み返して頭をポンポンと撫でてあげる。それに安心したのか、体を預けたまま、スマホを操作し始めた。
そして、しばらくの間ちとせとソファーの上でくっついていたのであった。
◇
ちとせが寝間着を着て、今はソファーに座りながら、机にノートを置いて、お小遣い帳を書いていた。
すると、突然ちとせがスマホを操作し始めたかと思うと、急に誰かに電話をかけ始めた。
『もしもーし』
電話越しから女性の声が聞こえてきた。
「もしもし、あおい?」
『やっほーちとせー!仕事終わったよ!』
電話の相手は、『幸せなメンバー』にいる。あおいさんだった。
えっ?!ってか僕いるのに電話して大丈夫なのだろうか?
僕は喋ってもいいのだろうか?
どうしたらいいのか分からずアワアワとしていると、それに気づいたちとせがこちらを見てきたので、ジェスチャーで喋っていいのか尋ねてみた。
しかし、ちとせには理解できなかったらしく首を傾げている。
仕方が無いので、僕はスマホを指さしてちとせにLANEのトークで言いたいことを送った。
『僕喋っていいの?』
すぐに既読がついて、ちとせは「まあ、いいんじゃない?」と他人事のように口で答えた。
すると、電話越しからあおいさんが『ん?誰かそっちにいるの?』と尋ねてきた。
しまった!と思いながら僕は口を紡いでいたが、ちとせは「んー」としか答えず僕の方をじぃーっと見つめてきた。何?僕に丸投げ?!
『えっ?!おーい、ちとせ??』
こちらの鈍い反応に、電話越しのあおいさんは困惑していた。
僕は躊躇しつつも、噛まないように気を付けて声を出した。
「こ、こんにちはあおいさん。似鳥です!」
『へっ?!似鳥くん?やっほー!えっ?今ちとせの家にいるの?!』
「はい、そうでーす」
僕は深刻な感じではなく、軽い口調で答える。
「そだよー」
続けてちとせもさらに軽い口調で頷く。いや、お前はもう少し気を使え!
心の中でそう叫んでいると、電話越しからあおいさんがちとせに詰問する。
『ちとせ、似鳥さんは、彼氏とかそういう感じゃなくて、お兄ちゃん的なそういう感じだよね?』
「うん」
えっ!?そうだったの!?俺は、ここでまさかのちとせから恋愛対象外ともいえる宣言をされたことに軽くショックを受けた。
『似鳥さん、ちとせのことよろしくお願いします。』
悪気はない、あおいさんがそう言ってきたので、僕は「はい」と答えることしか出来なかったのであった。
この後、あおいさんとの通話を終えて、再びちとせはLANEのトークを返す作業に入る。
もちろん僕のことは空気として扱う。すると、再びちとせが通話を開始した。しかも今度は知らない男の人との通話だった。
『もしもし?』
「もしもし、総お兄ちゃん?やっほ~」
『やっほ~』
総お兄ちゃんと言われた電話越しのこの男は、楽しそうにちとせと会話を続けていた。
僕は少しイラっとしながら黙ってその会話を聞いていると、ちとせからLANEでメッセージが届いた。
『そろそろ帰らないの?』
ちとせからそうメッセージが来た瞬間、僕は怒りでちとせに怒鳴りつけてやろうかとさえ思った。折角僕がちとせを心配してきてやったにもかかわらず、そのあしらい方は本当にどうなんですかね?しかも、空気のように扱って、挙句の果てには違う男と通話して『帰ったら?』だぁ!?ふざけるな!!
だが、僕は表情に出さず、スマートに返事を返す。
『そろそろ帰るから、いったんミュートにしてくれるとありがたい』
『おっけ。』
「ごめん、総お兄ちゃん、一回ミュートにするね!」
そう言って、ちとせがようやく通話をミュートに設定してくれて、僕は帰り支度を始めることが出来た。
「じゃあ、またな」
僕は荷物をまとめてリュックを背負いちとせに向かって言い放つ。
「うん~」
ちとせはこちらの方を見向きもせず、ただ一言そう言い放った。
「鍵ちゃんと閉めておけよ」
「うん」
僕は玄関で靴を履き、ちとせの姿をもう一度見てから、ゆっくりとドアを閉めたのであった。
ドアを閉めた後、ちとせが『ただいま~』っと言って、嬉しそうに通話に再び戻った声が聞こえたのは、言うまでもないことであった。
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