委員長と後輩ちゃんのバレンタインデー

下谷ゆう

風紀委員長と後輩ちゃんのバレンタインデー

 200X年 2月14日。

 とある高校の委員長と後輩ちゃんのお話。


 ***


「……ということで監査委員の方に勧告、および関係各所の方に連絡を入れます。報告は以上です」

「うん、ご苦労様」

 ここは宮国高校、風紀委員会室。

 夕日の差し込む放課後、この部屋にいたのはセーラー服の女子二人。

 風紀委員長である天野志保は執務机に向かって、書類に目を通しながら、報告を聞いていた。

 その報告は要点が簡潔にまとめられてわかりやすい。

 報告者は近森千春。

 凛々しい目元が印象的で、制服のセーラー服よりもパンツルックのスーツが似合いそうな一年生。その見た目に違わず、通常業務への対応も的確かつ迅速。

 やはり、将来の委員長選挙、最有力候補と皆から噂されるだけはあるな、と志保は執務机の前で直立する彼女について評する。

 しかし……、

「ねえ、近森委員?」

 志保は書類から顔を上げる。鋭く、隙のなさそうな目と、目があった。

「報告はそれで?」

「はい、以上です」

「そう。では、聞きます」

 コホンと咳払いして、

「あなたが背中に回した左手に握られているものは何かな?」

 たった、それだけで、彼女の顔が一瞬で朱に染まった。どんなに取り繕ってもそこだけは調整できないらしい。

「これは、その……」

「まだ、『報告』があるなら聞くよ」

「し、しかし、まだ業務中ですので……」

 と、志保から目線を逸らした彼女は困った表情。

 おいおい。それなら、なんで今持ってきたの?

 志保は内心でクスクス笑う。

 やはり、この子には天然の気がある。委員会内でも知る人はほとんどいないけど。

「近森委員」

「はい!」と彼女は元気よくお返事。

 志保はあえて事務的な口調で言った。

「今だけ、私用の会話を許可します」

 言うや、否や、彼女の『お面』は外れた。さっきまでの凛々しさが嘘のように消えて……

「志保センパ〜イ!」

 執務机を飛び越えんばかりに迫ってくる。

「こ、これを受け取ってください!」

 おずおずと差し出された、ピンクの包装紙に包まれた可愛らしい小箱。

「お、チョコレートだ」

「はい!近森が一生懸命作りました!えっと……愛を込めて」

 そして、彼女は机の前にしゃがむ。天板の上にちょこんと両手を載せて、上目遣いでこちらを見上げてくる。その姿、何かに似てるような……。

「あの、センパイ」

「ん?」

「あの、近森を褒めてくれてもいいんですよ!」

 キラキラと輝いた目。

 それを見て志保は思い出した。

 犬だ。

 彼女、犬に似ている。お預けをくらった犬……まずい、吹き出しそうになった。

 まあ、いいか。今日くらい。

 志保は彼女の頭にそっと手を伸ばす。

「ひゃあ」と彼女は驚いた声。

「ちょっと、変な声出さないでよ」

「いや、その……。ホントにやってもらえるとは思ってなくて……」

 この小心者め。志保はゆっくり手を動かした。彼女の髪はサラサラしていて、触ってて気持ちがいい。頭を撫でられながら彼女は嬉しそうに目を細める。そんなところまで犬そっくり。

「チョコ、ありがとね」

 志保が言うと、彼女はえへへと照れたように笑った。

 ああ、もう!

 志保は慌てて、目をそらす。

 今、危うく、にやけそうになった。

 この子がこんな顔するなんて他の委員は夢にも思わないんだろうな……。

「ねえ、近森委員」

 志保は頭を撫でたまま尋ねる。

「これで、満足?」

 彼女は「当然!」とばかりに元気よく答えた。

「はい!もう幸せすぎて死んでもいいです!」

「そっか……」

 志保は大袈裟なくらいに残念そうな顔をしてみせた。彼女はそれをきょとんとして見つめる。

 志保は執務机脇の引き出しの一つをおもむろに開けた。

「ここに、こんなものがあるんだけどな」

 机の上に置かれたのは、ブルーのリボンでラッピングされた小箱。

「それは……」

 彼女の目が見開く。

「一応、作ってきたんだけどな〜。まあ、近森委員はもう満足そうだし……」

「嘘です!近森は全然満足してませんよ!だから、志保センパイ!」

 必死にアピールしてくる彼女。

 そんな彼女を見て志保はもう笑いを堪えられない。

「冗談だよ」

 志保は彼女の頭にポンと小箱を置いた。

「これからも、よろしくね。

「志保センパ〜イ!!」

 あ、こらこら、涙目になるな。ホントにコロコロ表情が変わるな〜。


 可愛いヤツめ。


                            < FIN  >










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