第2話 先輩!

「ハァ、、、」


「どうしたの? ため息ばかりついて、幸せ逃げるよ?」


 バイトの休憩室で帰り支度をちょうど済ませた時、後ろから声をかけられる。


「おばさんみたいなこと言わないでくださいよ、エミカ先輩」


 エミカ先輩はバイト先の先輩で今年21歳の大学3年生、すらっとしていて、ロングヘアーの茶髪が、校則でロングヘアーは束ねなければいけない、髪も染められない私にとって少し憧れの大人な先輩だ。

 

 もちろん憧れているのは髪型だけでなく、気が利いて、優しくて、バイトでミスしてもしっかりフォローしてくれる、そういうところも含めてだ。


 バイトの仕事はほとんどエミカ先輩に教えてもらった。教えるのがすごく上手いのも憧れている一つの理由だ。

 正直バイトめんどくさいし、行きたくないと思うことの方が多いぐらいだが、一年半ぐらい続けてこれたのはエミカ先輩がいたからと言っても過言ではないと思う。


「え?よく言わない?ジェネギャ?」


「3歳しか変わらないじゃないですか」


「3歳って意外とでかいのよ」


 私を見ているのにどこか遠くを見つめるような、儚さを少し纏わせた、その意味ありげな表情に見とれてしまう。

 大人だ……

 私が男なら間違いなく惚れてた、多分。


「で? そんなことより、なんか悩み事? どうしたの?」


 今度はしっかりと私をみつめ優しい顔で心配してくれる。


 その優しさに甘えようか迷う。でも、自分のことはやっぱり自分で決めなきゃダメかな

 ……わかんないや

 バイト終わりで少し時間もあるし、話すだけなら……

 休憩室には他に誰もいないし、エミカ先輩なら頼れそうだし。

 いや、結局ただ、誰かに聞いてもらいたいだけ、答えが欲しいだけじゃないの? そんな自問自答をしていると先輩が


「どうしたの?ほら言っちゃいなよ、私に話せばなんでも楽になるよ?」


 少し冗談めかして言う先輩の優しげでどことなく真剣な表情に、つい、心を預け、口を開いていた。


「将来がわかんなくて。私、やりたいこととか夢とかなくて。適当な大学に進んでそこで、夢見つければいいって言われても、そうなんだろうって言うのはなんとなく理解できるんですけど……」


 先輩はこっちを見つめ静かに聞いていてくれる


「でも、なんか違うっていうか、その適当がわからないって言うか… 結局、進学はするんですけど、どこ行けばいいかなんてわかんなくて……」


 ちゃんと掃除されていることがわかる綺麗な休憩室に私のまとまっていない言葉が散らばって行く。


「全部投げ出したい気持ちになってくるし…… もう自分がどうしたいかわかんなくて…… わかんないんです、、、」


 一度、口を開くとやはりつらつらと自分の中でもまとまっていないモヤモヤとした悩みが出てくる。

 自分でもわかってない、しっかりと考えているのかもわからない悩みを人の答えに頼ってしまう。

 そんな自分に泣きそうになる。


「そっか、泣くな泣くな」


 小さな子をあやすように頭を優しく撫でられる。

 涙は全くこらえきれてなかったようだ。

 自分が泣いていると自覚すると、無性に涙が溢れてくる。

 先輩の手が私の背中をさすってくれる。その温かみで徐々に涙が落ち着いていく。


「落ち着いた?」


「……はい」


 背中を撫でる手をゆっくり動かし続けながら先輩が呟く。


「なんか、かっこいいね」


「はい?」


「いや、そうやって自分の意見を持とうって考えるのってすごいなって思って」


 先輩がニコッと笑いながら続ける


「私なんかもう友達とかみんなの意見とかに流されとけ、みたいな感じで。大学も先生に受かるって言われたとこで友達も受けるところ受けたって感じだったから」


 今度は少し苦笑い、いやはや恥ずかしい、なんてまたおばさんみたいなセリフをつぶやいてから


「そうやって本気で考えれるのは、かっこいいよ」


 またニコッと笑って、ふっと真剣で心配げな表情を浮かべる。


「でもずっと真剣に考えてると疲れるでしょ?たまには息抜きもしないとね」


 先輩もそんな感じだったんだ……

 真剣に考えすぎてたのかな?


「テキトーに考えたほうがうまくいったりする時もあるしね」


 理由なんて友達が行くからとかでもいいのかな……?

 でも言われて少し肩が楽になったってことは、少し思い詰めすぎてたかな私、わかんないけど。


「まあ、どうしても決まらなかったら私の通ってる大学にきなよ。私、ちょうどこんな可愛い自慢できる後輩が欲しいなと思ってたの」


 冗談っぽく言っている先輩の目は、とても優しかった。

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