そして空を見上げた

寝虎ツバメ

第1話 彼氏

 私はどうなりたいんだろう……

 何になりたいんだろう?

 秋が足を踏み込んできた。

 これからどんどんと寒くなって行くんだろうなと思わせる風が吹く時期。


 高校三年生の私はまだ進路について悩んでいた。

 就職する人達ははもう内定をもらっていて、大学に進学する人も、受ける大学は決まっている。

 そんな中で私はやりたい事、将来の夢がなく、正直この先不安しかない。


 今日は放課後に進路相談で呼び出された。

 答えがすぐに出ないことがわかりきっているので、面倒くささが心の大半を占めている。

 寂しげにカランと乾いた空気の流れる教室に先生と私がポツンと座る。


「進路はどうするの?」


 先生が私に問い詰めるが、どんだけ詰められたところで無い袖は振れない。

 やはり今日も、答えは出せなかった。


「まだ決めてないです」


「、、、そう、やりたいこととか夢は?」


「わかんない……です」


 その後も何か言われたが正直あまり覚えていない。

 だいたいの内容は、「成績は悪くはないし、それなりの大学なら受かるぐらいの学力はある。やりたいことを見つけるために適当な大学に行けばいい」というようなニュアンスの話だった。


 先生も私一人に時間を使ってよくやるよななんて思いながら、適当に相槌を打っているとしばらくして、「できるだけ早く決めなさいね」と言われて終わった。

 自分じゃない誰かに言われているような感覚でその言葉を耳にし、校舎から出た。


 風がさらさらと流れ、これから少しずつ冬がやってくる。

 日が流れるごとに焦りが募る。

 だんだん押しつぶされるように心の余裕がなくなってくる。

 来年どうなっているんだろうな……


 未来の自分をイメージしても真っ暗で想像つかない。

 ため息をつき、校門を出て、肩ぐらいまで伸び後ろで束ねた髪を下ろす。

 昨日よりも冷たくなった気のする風に、なびいた髪を耳にかきあげると、目が空を映す。



 日が暮れかけている空は悲しげな蜜柑色に染まっていた。




 家に帰り、自分の部屋に着くと、ベットに寝っ転がりながら、初めは職業や大学などについて色々、調べていたのだが、いつの間にかLINEやYouTubeを見ていた。

 ぼんやりスマホをいじっていると


「セナ、ご飯よ」


 母に呼ばれ、部屋を出て食卓に着いた。

 ご飯を食べ終わると早めにお風呂に入る。

 熱いシャワーは私の悶々とする気分を洗い流してはくれなかった。

 お風呂を出て部屋に戻り、ダラダラしたり宿題を片付けたりしていると割と時間が経っていた。

 寝る少し前に彼氏のマサキに電話をかける。


「もしもし」


「……もしもし」


「どうした?俺の声聞きたくなった?」


 一人の時って誰かの声を聞くと少し落ち着く気がする。落ち着いてから私も焦り始めたんだなってことに気がつく。


「ごめんね今日一緒に帰れなくて」


 いつも通りの冗談はさらっと流して答える


「全然大丈夫!進路相談どうだった?」


「ん〜…時間の無駄になったかな」


「うわ〜冷て〜先生、泣くよ」


 カラカラという擬音がよく似合うよう笑い方で明るく言われる。


「先生も同じこと思ってると思うけど」


「流石にそんなことはないと思うけどな〜」


 なだめるように言われる。マサキは友達も多く先生とも仲が良い。

 私は友達とはそれなりに広く浅くやっているが、先生とはほとんど話さないし、自分から話しかけに行く事はまず無い。もちろん話しかけられれば答えるが。


「……マサキはなんで大学進むことにしたの?」


「え〜なんとなく?」


「何それ、テキトー」


「いや、まだほんとにやりたいこと決まってないし、大体の人は大学行っとく感じだから」


 確かに私たちが学生生活をする中で明確な夢がある人の方が少数派なきがする。

 夢があってもそれに向かってしっかり動いてる人はどれぐらい、いるのだろうか?


「そっかー、私もやりたいこと全然、わかんないや」


 私も多数派の一人。いや、止まって動いていないぶん、行く先を決めている多数派より下にいる極少数派かな……


「そっか、なら俺とおんなじ大学受ける?」


「そんなに一緒にいたいの?」


「当たり前に」


「少し嬉しい」


「なんで少しなんだよ、むちゃくちゃ嬉しいだろ?」


初めは小っ恥ずかしかったけど最近はこんな時間が割と楽しいと感じている。


「うん、そうだね」


「あれ?やけに素直じゃん珍しい、どうしたの?」


「べつに……ってかいっつも素直!」


「ならいいけど、進路はやいとこ決まるといいな」


「うん、なるべく早く決めたい」


「おう、ガンバ」


 そう言って少し間が空きちょっと落ちた声のトーンで


「もー眠いから寝るわ。また明日な」


 と通話の終わりを告げられる


「ありがと。また明日」


 いつもより短い電話が切れた。

 電話が切れると今まで溜まっていた幸せが一気に外に放たれる気がする。

 虚しさが充満していく部屋の電気をきった。

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