第20話 マンサーナ島の恵み

 翌日、茨姫に短剣の修理には多額の費用が掛かると話す。修理して、オークションに出品しても損するかもしれないと告げると、茨姫は非常に悩んだ。


「とりあえず、保留で行きましょう。二百万リーネで修理して、百万リーネでしか売れなかったなら、ダメージが大き過ぎます」


「わかった。百万リーネは大金だ。四、五日。考えるといい。それじゃ、今日も宝箱探しに行くか」


「ちょっと、待ってください。今日は別の仕事をしませんか」

「中身が気になるな。どんな仕事?」


「真珠の採取です。真珠は魔法薬の材料になるので、知り合いに採ってきてくれって頼まれているんです」


「マンサーナ沖って、真珠が獲れるの?」

「マンサーナ島から南東に一時間ほど行ったところに小さな島があるんです。島から少し離れた場所で真珠が出る貝が獲れます」


「そんな場所があるんだ。船で行けるところまで、行ってみるか」

 茨姫の導きに従って船を出す。


 晴天の中、心地よい潮風を肌に感じつつ、漁船は進む。

「マンサーナ島は本当にいい場所だよな」


 茨姫が海を優しい瞳で見つめながら語る。

「そうですね。私は現実だと足が悪いから、旅行とか行けなくて。こういう場所が凄く楽しい」


「ゲーム内なら望まない限り、障碍しょうがいは生じないからな」

 茨姫が嬉々として訊く。


「真珠の採取って、やったことあります?」

「いや、ないけど何? こつとかあるの?」


「冬の真珠貝の貝柱って食べられるんですよ。八百万の真珠貝の貝柱は年中、食べられますけどね」


「へー、そうなんだ。真珠貝の貝柱なんて滅多に出回らないから、わからなかった」

 島が見えてくる。


「停まってください」と茨姫が合図する。茨姫が船縁から海底を見る。

「ここら辺で水深が十mですね。ここで潜ってみましょう。酸素タンクを貸してください」


「十mなら、素潜りでいけない深さでもないから、俺も手伝うよ」

 茨姫は元気よく宣言する。


「さあ、真珠を採取しましょう」

 茨姫と遊太は水着に着替えた。腰に魚籠びくを下げて、海中に入った。


 浅瀬の水温は、ほどよく冷たく心地よかった。

 海底を探すが、真珠貝どころか、貝が一枚も見つからない。


 あまりに見つからないので、海面に顔を出した時に茨姫に尋ねる。

「全くないんだけど。本当に、ここで場所が合っているのか?」


 茨姫はひどく落ち込んだ。

「どうやら、先客がいたようです。がっかりです。もっと水深が浅い場所を探してみましょう。水深四~五mの場所に潜ってみます」


「わかった。船を移動させよう」

 島の浅瀬に近づいたので止める。


「水深が五mくらいか。あまり浅くなると、座礁の危険があるな。ここからは船を止めての作業だ」


 酸素タンクを背負って、茨姫が海中に入る。

 茨姫は海中に入るが、遊太は、まるで期待していなかった。


(深いところが駄目なら、潜り易い浅いところはもっと期待が薄いだろう)

 一分ほどで、茨姫が上がってくる。


 茨姫は興奮していた。

「遊太さん、この船に網を積んでいましたよね。それと、浮力玉をください」


「いいけど、何かあったのか?」

 茨姫は、ふふんと鼻を鳴らす。


「お楽しみですよ」

 茨姫は海中に入った。茨姫は網で包まれた黒い大きな物体と一緒に浮上してきた。


「何だ、これは?」

「へへえ、これは海胆うにです」


「これ、全部、海胆なのか、二十㎏はあるぞ」

 茨姫は嬉しそうに語る

「はい、もう、海の底が海胆だらけです」

「海胆って、高いんだよな。そんな海胆が海の中に大量に生息しているのか?」


「そうです。今日は、海胆漁にしましょう」

「わかった。生け簀の準備をする。交替で引き上げよう」


「了解です。船長」

 その後、交替で海に入る。


 茨姫の指摘した通りに、海底には海胆がびっしりいた。

 海胆が網で、ごっそりと取れた。


 昼過ぎには生け簀に四百㎏の海胆が入った。

 茨姫が目をキラキラさせて訊く。


「すごいですね、遊太さん。これ、いくらになるんですかね?」

 遊太も収穫に期待した。


「待て、慌てるな。海胆は殻つきでは買ってくれない。かといって、マンサーナ島の水産加工場は完全には稼動していない」


 茨姫は驚く。

「じゃあ、これは、無駄?」


「そうではない。ヴィーノの街にも水産加工場はあるはずだ」

 茨姫ははっとした顔で頷く。


「そういえば、ありました。海胆の殻を剥く機械も見ましたよ」

「よし、決まりだ。日差しで海胆が悪くなる前に、ヴィーノの街の水産加工場に急ぐぞ」


「了解です」

 ヴィーノの街に行きすがら話をする。

「この海胆、いくらぐらいになりますかね」


「殻付きの海胆が一㎏で海胆の身が百gとする。四百㎏だから身が四十㎏。海胆一つパックが百gで千リーネだとして、四十万リーネだ。浮力玉で十万リーネ使ったけど、三十万リーネの儲けだ」


 茨姫が上機嫌で提案する。

「大きな儲けですね。あの場所で海胆が獲れるのは、内緒にしましょう」


「秘密の場所だな」

「でも、マンサーナ島って凄いですね。小型魚も大型魚も獲れる。真珠も獲れれば海胆まで獲れる、自然の恵みの宝庫です」


「そうだな。うしおの理が大切にしてきた理由がわかるよ」

 ヴィーノの街の漁港で水産加工場を探す。


 水産加工場には、茨姫が覚えていた通り、海胆の殻を剥ける水産加工の機械があった。

 機械は待ち時間が二十分程度で使えた。


 海胆の殻を剥き、殻を剥いた残りはゴミとして捨てる。捨てる前に、賢者の石の粒が入っていないかを確認する。されど、どれにも入っていなかった。


(海のどこかにある海底の鉱床から、賢者の石の成分を含む鉱泉水を噴き出している。だから、海胆にも賢者の石の粒くらい入っていると思ったんだがな)

 身を除かれた海胆を見る。だが、賢者の石らしきものは微塵もない。


(海底の鉱床から噴き出す成分が、生物濃縮されて鰹に蓄積されていると推測した考えは合っているはず。なら、海胆にも影響が出るはずだが、海胆には影響が出ない。なぜだ?)


「どうしました、遊太さん?」と茨姫が、のほほんとした顔で訊く。

「何でもないよ」と推論を隠す。


 四百パックに加工された海胆を荷車に乗せて魚市場に行く。

 仲買人を探して、海胆を見せる。


「マンサーナ沖で取れた新鮮な海胆を売りたい。いくらになる?」

 仲買人が素っ気なく告げる。


「一パック百五十リーネで六万リーネかな」

 遊太は騙されていると思って抗議した。


「海胆が一パック百五十リーネって、安過ぎるだろう」

 仲買人は渋い顔で告げる。


「現実なら、海胆は高いよ。でも、八百万だと、海胆は高くないんだよ。用途が海胆丼に限られるし、簡単に獲れるからね。まあ、素人漁師がよくやらかす思い込みだよ」


 仲買人の顔を見るが、嘘を吐いているようには見えなかった。

「でも、六万リーネだと、浮力玉の費用すら補えないぞ」


 仲買人は冴えない顔で、首を軽く横に振って忠告する。

「駄目、駄目。浮力玉なんか使って一気に上げようと思っちゃ。少しずつ手で引き上げないと。それで、どうする。売るの? 売らないの?」


 迷っていると、仲買人は親切に教えてくれた。

「もっと、高く売りたいと思うのなら、塩漬け海胆にして特産品として遠くに運べば高く売れるよ。ただ、貿易慣れしていないなら、塩漬け海胆して遠くに運ぶより、塩水海胆としてここで売るのを、お勧めするね」


 やむなく、六万リーネで海胆を売却する。念のために魚市場の付近にある定食屋に入った。海胆丼の価格を見ると一杯が八百リーネだった。頼むと、丼にどっさり海胆が載ってきた。


「確かに、これなら海胆が一パック百五十リーネでないと、出せないな」

 茨姫がしょんぼりとした態度で語る。


「そうですね。せっかく秘密の宝のありかを見つけたと思ったけど、残念でした」

 諦めて箸を手に取る。


「八百万では海胆が安く食べられると、気持ちを切り替えて喜ぶしか、ないか」

「言う通りですね。ゲームの中だけど、海胆が安く食べられると喜んだほうが、幸せですね」

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