第10話 日常とレジェンド・モンスター

 時刻は二十時。リビングに行くと父の義雄がいた。父の年齢は五十歳。四角い優しい顔をして、ほっそりとした体型をしている。


 義雄は週に一度スポーツ・ジムに通っていた。また、月に一度、ゴルフの打ちっぱなしに行く。特段スポーツマンではない。


 それでも痩せた体型を維持できるのは、元から太らない体質だからである。家ではいつも楽なのかスエットの上下を着ていた。


 義雄がソファーに座って、軽い調子で誘ってくる。

「遊太。これからジムに行くんだけど、たまには一緒に、どうだ?」

「いいよ。俺は体を動かすのが好きじゃないんだ」


 義雄が寂しそうな顔をする。

「そうか。昔は公園で走り回っていたのにな」

「もう、そんな歳じゃないって」


 遊太はピザを冷凍庫から出そうとする。キッチンにカレーがあるのに気が付いた。

 義雄が穏やかな顔で説明する。


「母さん、スーパー銭湯に行く前に、シーフード・カレーを作っていったぞ」

 母の美咲はスーパー銭湯とマッサージが好きで、行くと三時間は帰ってこなかった。


「そうか、なら。カレーにするか」

 カレーを丼に入れて電子レンジに掛ける。


 義雄は躊躇いがちに申し出た。

「なあ、優多。その、なんだ、大学に行き直す気はないのか。学費や入学金なら、どうにかする」


 遊太は去年まで大学生だった。だが、遊太の行っていた大学は経営が破綻した。当時は国から大学統合などの救済があるのではと囁かれた。だが、国家予算を牛耳る宇宙人から駄目だしが入って、あえなく潰れた。


「いいよ。もう、大学に行って就職する時代じゃないよ」

 義雄は苦い表情で意見する。


「そんなことはないだろう。お父さんはお前にちゃんとした大学に入って就職して欲しいんだ」


「十三万六千リーネ。日本円に換算すると三万四千円。今日一日で俺が八百万で稼いだ金だよ。いつもこんなに稼げるわけじゃない。だけど、人が一日生きていくには充分な額だよ」


 現実的な数字を出すと義雄は弱った顔をする。

「父さんも宇宙人を相手にタコ焼き屋をやっているからわかる。宇宙人は金持ちだ。単価が高く、利益率がいい商品でも宇宙人は、ぽんぽん買う。でも、宇宙人は何を考えているかわからない。八百万だっていつ閉鎖するかわからない」


 遊太は感情的にならないように心懸け、やんわりと自分の意見を主張する。

「それを言ったら、俺の行っていた大学だって、入る前に潰れるなんてわからなかっただろう。もう今の世の中、昔は通用しないんだよ」


 義雄は怒らなかった。それどころすっかり落ち込んだ。

「父さんの考えが古いのか?」


「父さんは、父さんの考えられる範囲で最良を考えてくれればいいよ。ただ、俺は、俺の考えられる範囲で最良を行く。俺はもう子供じゃない。少なくとも毎月、家に生活費を入れられる」


 義雄はしょんぼりした顔で天井を仰ぎ見る。

「稼いで、使って、生活して、ならば、俺は何も言うまい。俺の親父。お前の祖父じいさんの言葉だ。俺も親父のように決断してお前を見守る時機に来たのかな」


 遊太は正直に告げた。

「認めてくれると嬉しいよ」

「俺には優多がクレヨンで画用紙に絵を描いていたのが昨日のように思える」


「よしてくれよ」

 義雄は寂しげに体を起こす。


「そうだな、じゃあ、ジムに行って体を鍛えてくる。よぼよぼの爺さんになって、世話を掛けたくないからな」


 義雄は着替えて出かけて行った。

 カレーを食べて、風呂を洗う。風呂に入ってから眠り、一日を終える。


 朝起きると、忘れないうちに、生活費を母の口座に送金しておく。

 ピザを食べてログインしようとすると、ログイン画面の前に表示があった。


『マンサーナ島で危険なイベント発生中。そのまま、マンサーナ島にログインしますか? それとも、ヴィーノの街からスタートしますか?』


(いつもは平穏なマンサーナ島で危険なイベントね。何か気になるな。死ぬわけじゃないしいてみるか)


 遊太はログイン先にマンサーナ島を選んだ。

 マンサーナのログイン・ポイントは村の外れの小高い丘の上にある女神像である。女神像の周りに普段は人気ひとけがない。だが、今日には違った。三十人以上からなる人間が女神像の安全地帯に集まっていた。


(なんじゃ、こりゃ? 戦争でもあったのか?)

「すいません。何があったんですか?」


 近くにいた女性冒険者が答える。

「話すより、目で見たほうが早いよ。前に行ってみるといいよ」


 人込みを掻き分けて進む。マンサーナ島の漁村が燃えていた。

「これ、使いなよ」


 隣にいた男性冒険者が望遠鏡を貸してくれた。

 空を飛ぶ黒い龍が見えた。


「ブラック・ドラゴンだ。でも、どうして? 今日はレジェンド・モンスター襲来イベントの日ではないはず。運営による事前の告知もなかった」

「ほら、あっちも見てみな」


 望遠鏡を覗くと、港に上陸しているクラーケンが見えた。

 男性冒険者が飄々とした表情で教えてくれた。


「二大レジェンド・モンスターが村を襲っているのさ。記念に戦いたいなら、行けばいい。だけど、あれは普通に戦ったら数回は死ぬぜ」


 ブラック・ドラゴンもクラーケンも、装備を調えた冒険者が百人はいないと倒せない、強力なモンスターだった。


 その二大モンスターが空と海から島を襲っている。

 海洋冒険が主なクランのうしおの理では為す術がなかった。


「これは、見ているしかできないな」

 女冒険者が苦い顔で教えてくれた。


「それと、この強襲イベント発生中は転移門も転移魔法も使えないんだよ」

 男性冒険者が残念そうに語る。


「俺もね、メンバーを集めて、どっちかと戦おうと思ったよ。でも、マンサーナ島行きにすると転移門が使えないんだ。ヴィーノの街から船だと、マンサーナに集結するまで百分は掛かる」


 クラーケンとブラック・ドラゴンが叫び声を上げた。

 ブラック・ドラゴンは飛び去り、クラーケンは海中へと戻っていく。


 誰かが、ぽそりと発言する。

「イベント、終わったね。六十分くらいだったな。だけど、村は滅茶苦茶だな」


 別の誰かが発言する。

「そんじゃまあ、村の被害を確認しつつ、救助活動を開始しますか」

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