為すべきことは唯一つ!

snowdrop

文化祭当日 朝

「クイケン部部員、注目せよ」


 副部長の指示が飛ぶ。

 早朝集められた教室内で横一列に並び立つ部員全員が、足の重心を移し替えて姿勢を正し、直立した。

 彼女彼らの前には、制服に身を包む小柄な少女が、後ろに手を組んで立っている。

 衝撃的な幼さ、高校生の中に幼女が紛れ込んだかのように、彼女はあどけない笑みをうかべていた。


「部員諸君、例会だ――いや、例会のようなものの始まりだ。実をいうと今日はわたしの誕生日。それを知っているかの如く、ご丁寧にも生徒会がサプライズ誕生日プレゼントと称して本日の文化祭に、全校生徒参加型のサバイバルクイズを開催してくれる。勝者には学食が一カ月無料で食べられるばかりか、所属している部に対して部費増額が確約されている。諸君はこれに参加してもいいし、優勝してもいい。インテリを鼻にかけているイケメンやリア充共に教育してさしあげるのだ。クイズの何たるかを」


 微笑みを称える小柄な部長を前に、整列する部員の背筋が寒くなる。

 

「感動のあまり声も出ないようだな。賞金が向こうから腰を振ってやってくるのだ。最後になるがひとつ、確証はないが今回の相手は一応初心者……の筈だ。遅れをとる間抜けがいるとは思わないが、一応留意せよ。クイケン部部員諸君、遊びの時間の始まりだ。気楽に楽しみ給え」


 満面の笑みを浮かべた小柄な部長を見た瞬間、部員たちに緊張が走った。

 脳裏に蘇る、特訓の日々。

 グランドの外周十周を走りきったあとのベタ問解き。

 正解数が八割以下だった者は、『歴代内閣総理大臣』や『歴代ノーベル賞受賞者』、あるいは『夏季・冬季のオリンピック開催地』などを大声で連呼しながらナロープッシュアップやリバースプッシュアップなど、罰ゲームさながらの自重トレーニングをさせられた。

 あのとき、いまと同じ、無邪気な笑いとともに部長は付き添ってくれていた。

 罪の意識や狂った様子もない。

 悪意がまるで見えない天使のような微笑みに、部員たちは戦慄したのだった。

 とはいえ、である。

 慣れというのは恐ろしい。

 懐柔されたわけではないが、数カ月も部長とともにクイズに励んできたのだ。

 いまさら狼狽える者など、クイズ研究部には一人もいなかった。

 端的に話すのを好まない部長だからこそ、「此度の文化祭に行われるクイズ大会には必ず参加し、是が非でも優勝しろ」とプレッシャーをかけているのだ。

 この場にいる誰もがそう察した。

 クイズプレイヤーは皆、負けず嫌いなのだ。

 ゆえに、おどけた表情をする部員は一人もおらず、険しい顔をしていた。


「諸君、試練をくぐりぬける機会を与えられたと誇るがいい。これまでの部活動はあくまで演習だった。いよいよ諸君の渇望した本物のクイズだ。クイズプレイヤーとしての義務を忘れるな」


「はいっ」

 部員全員の、歯切れのいい返事が室内に響き渡る。


「よろしい。では副部長」

「はい」

 列の端に立つ副部長が一歩前に出て、回れ右をして振り返り、部員たちをみた。


「いま一度、今回の文化祭で行われるクイズ大会のルール説明をする。本学校の文化祭には、外部から他校の生徒がやってくることはない。しかも進学校であるがゆえ、本日のみの開催である。ゲームは三つ用意されている。第一ゲームは、全校生徒参加によるペーパークイズ。いわゆる百問のベタモンである。制限時間は三十分。問題内容はノンジャンルではあるが、学校内で行われる文化祭であることを留保すべく、各教科から選りすぐった問題が織り交ぜられている。封緘命令があるので、問題作成に協力した部長とわたくし副部長からは詳細は言えない」


 文化祭がはじまる前に全校生徒に開示されているため、部員が初めて耳にする内容ではなかった。


「とはいえ、かわいい部員たちにわたしが言えることがあるとするなら」

 副部長の話に、部長が口を挟む。

「マークシート、といった選択肢のあるクイズは用意していない。日々の演習で解いたことのない問題もあえて取り上げ、日頃の知識を存分に発揮できる問題にしておいた。光栄に思い給え」


 あはっ、と可愛く部長が笑う。

 部員たちもつられるように乾いた笑いをした。


 副部長が再び口を開ける。 

「予定では、第一ゲームで勝ち残れるのは上位三十名まで。第二ゲームは、グラウンドで行う、走って問題の封筒を取りに行く早抜け競争クイズである。二問正解すれば勝ち抜くことができるが、封筒の中に問題文が書かれた紙が入っているものもあれば、ハズレも混ざっている」


 高校生クイズでみた形式だと、部員の誰もが思った。


「この問題に対して、かわいい部員たちにわたしが言えることがあるとするなら」

 副部長の話に、部長が口を挟む。

「ハズレだけではゲーム性に欠け、君たちから面白くないと、そしりを受けるやもしれぬと気を使い、減点カードや正解数の上限を上げるカードなども作って混ぜておいた。おそらく何往復もせねばならないだろうが、日頃行っている体力作りも無駄にはならないだろう。感謝するがいい」


 えへっ、と可愛く部長が笑う。

 部員たちは顔をひきつらせつつ、笑みを作った。


 副部長が再び口を開ける。 

「予定では、第二ゲームで勝ち残れるのは上位三名。第三ゲームは体育館で行われる、早押しクイズバトル決勝である。閉会式の前に執り行うため、教師連中はもとより全校生徒が見てる前でバトルすることになる。間違えれば減点、三問正解できれば勝者となる」


 早押しクイズなら、部員たちは慣れ親しんでいる。

 早押し機を押しなれていない一般生徒と比較すれば、明らかに有利だ。


「決勝に関して、かわいい部員たちにわたしが言えることがあるとするなら」

 副部長の話に、三度部長が口を挟む。

「場を盛り上げるためのサプライズを用意しておいた。無論、文化祭実行委員会の連中には話がついているので問題はない。ヒントとして言えることがあるなら、決勝の問題作成をしたのはわたしではなく、副部長である。それにしても決勝戦の席は三席しかないとは残念だ。誠に申し訳ない。君たちを競い合わせるようなことになってしまって」


 深々と頭を下げる部長の姿に、部員は恐縮してしまう。

 ただ、彼女が発した言葉には疑問を抱かずにはいられなかった。

 部長は何を仕掛けたのか。

 その答えは、決勝戦におのずと明らかになるだろう。

 



    ☆     ☆     ☆




 部長と副部長が先に部室を出ていく。

 見送った六人の部員からため息が漏れた。


「部長のあの言い回し、なんとかなりませんかね」

「読んでる漫画や小説の影響をされやすい人だから」

「そうそう。この前は、『このわたしが最も好きな事のひとつは、自分で強いと思ってるやつにノーと断ってやる事だ』と、よく言ってた」

「うちの部で、部長より強い人っていないんですけど」

「違いない違いない」


 冷たい笑いが、六人から漏れ出る。

 見た目の可愛さがあるから許せるものの、でなければ部長は嫌われるタイプだ。

 そう思いながら、誰も口にはしなかった。


「先輩方は、決勝に残れる自信はありますか?」

 一年生の女子部員、伊藤美咲が声を掛ける。

「自信があっても勝ち上がれるかは別だよ」

 二年生の先輩、田中と渡辺の二人が首を傾げて笑った。

 

 全校生徒数、およそ三〇〇人。

 第一のクイズで勝ち残れるのが十分の一。

 第二のクイズに勝ち残れるのがさらに十分の一。

 決勝で勝者となれるのは唯一人。

 部長が思い描いている青写真、おそらく決勝戦の三名がクイケン部部員なのだ。


「三人ということは、俺たちが勝ち上がればいいんじゃね?」

 一年生男子部員の三人が自信ありげに笑う。

 彼らなら自分より可能性があるはず、と同じ一年生の伊藤は胸の中でつぶやく。

 三人は入部したときから、早押しやベタ問を苦もなく答える、いわば経験者だ。

 小学生のころから独学でクイズの勉強をはじめ、中学ではクイズ部に所属していたという。

 

「決勝進出が目的ではなく、クイケンの優勝でなければならないんだ」

 二年生の先輩が諭すように三人に声を掛ける。

「当然じゃないですか。俺たちだって嫌ですからね、部長の天使のほほえみをうけながらしごかれるのは」

 そのとおり、といわんばかりに全員が笑う。

「かといって、やる前から諦めることはできない。我々はクイケンのクイズプレイヤーだ。部長が勝てとおっしゃってる以上、勝利のみなのだ。」

 二年生の部員が発した言葉に、他の部員は猫背を伸ばす。

「最初のペーパークイズ、各教科の小テストみたいなものだとすると、まだ習ってもいない授業範囲が出てくる可能背がある。だとすると、一年生の俺らは無理じゃないかな?」

「二年生の俺たちだって、可能性は低い。だが、副部長はベタ問と言っていた。つまり、数あるベタ問から選りすぐって出題されるのは間違いない。まだ習っていない範囲から出題されるからと言って、解けないとはかぎらないはずだ」

「解けたからといって、次のクイズも難しい」


 一同、腕組みをして唸ってしまう。

 たとえペーパーテストで部員全員が通過できたとしても、第二のクイズで確実にふるいにかけられる。


「クイズは知力、体力、時の運というけれど、第二のクイズはまさに体力と運も大切になってくる。クリアできるかな」

「こればかりはやってみないとなんとも。ただ、あの部長の性格を考えれば、多少戦略が立てられるかもしれない」

 二年生の部員が漏らした言葉に、部員たちは視線を向ける。

「グラウンドのトラック外周よりも内側に、クイズが封入された封筒がばらまかれる。朝礼台より近くにまかれた封筒には、おそらくハズレなどが封入されている可能性が高い。より遠くに置かれた封筒こそ、我々が狙うべきものだろう」

「だけど、クイズ作成に協力しただけだろ。封筒をばらまくのは実行委員だし、封筒はどれも同じものなので、実際にはそんなふうにはならないのでは?」

「確かに。そんなことは不正に近い。だが、クイズをおもしろくするために企画そのものに携わっているのなら、可能性はある」


 クイケン部部員は再びうつむいて息を吐く。

 第一のクイズに体育会系の人たちが通過してきたら、体力の劣るクイケン部が勝てる見込みが下がるからだ。


「とにかく、まずはクイケン全員の通過だ」


 六人全員が通過し、他の生徒の通過枠を狭める。

 そうすれば第二のクイズでの勝算が、多少上がるはず。


「第一のクイズをクリアすることだけを考えよう。必ず全員で通過するんだ」

 一人が右手を前に伸ばすと、他の部員もあとに続き手を重ねた。

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