第23話 『炎』の謎

 ガッツさんの屋敷を後にした俺達は今、ブルウッド駅にいた。


 何故こんな所にいるのかと言うと、王都キーストへの帰りの手段として、飛空挺ではなく高速鉄道を利用する事にしたからだ。


 その提案をしてくれたのはガッツさんだった。


 ガッツさんはこの後、王都キーストの手前にあるモスッド領という所まで出張に行く予定だったらしく、もし急ぎでないのなら一緒にどうかと誘ってくれたのだ。



「いやぁ、お付き合い頂けて良かったです。列車の一人旅というのも悪くは無いですが、誰かと一緒のほうが楽しいですからな」


「そんな、こちらこそ……それよりも、領主様が出張にお一人で行かれるんですか?」



 王都キースト行きの高速鉄道、その先頭車両は領主専用の貸切りとなっていて、この広い車内には俺とラマニアとガッツさんの三人しか乗っていなかった。



「ああ、イオタですか?いえ、普段は彼女も同行するのですが、モスッド領へ行く時だけはいつも私一人なんです」


「それはどうして……?」


「モスッド領の領主、タックスは私の親友なのですが……以前イオタを連れて行った時、タックスの奴がイオタに一目惚れしましてな。一応奴も領主ですし、めかけの一人や二人いても問題は無いでしょうが、さすがに私の秘書を親友のめかけにされるのは……。イオタも奴が苦手のようですし」


「そういう事なんですね」



 この事はタックスさんも納得済みのようで、それで二人の仲が悪くなるという事も無いらしい。


 話に聞いているだけで、本当に二人が親友なのだとわかった。



「……さて、私の話は置いておいて、お二人をお誘いした本題のお話をしたいのですが」


「本題?」



 モスッド領へ出張に行くついでに一緒に、というのは建前だったという事か?



「イオタから聞きましたが、勇者リン殿には女神ヴィアンテ様がついていらっしゃるとか。今もご一緒におられるので?」


「うむ。私がヴィアンテだ」



 言いながらヴィアンテ様はいつものミニサイズバージョンで俺の肩の上に現れた。



「おお、貴女あなたが女神様……!お目にかかれて恐悦至極でございます」


「よいよい、そう堅くなるな。男が硬くするのは『聖塔ミティック』だけでよい」


「はっ。実は、『炎』というものについてお話をお聞きしたかったのです」


「ふむ………」



 するとヴィアンテ様の身体が突然光りだし、いつぞやの美少女バージョンの姿になって俺の隣の座席に腰を落ち着けた。



「この姿のほうが話がしやすかろう。して、『炎』について聞きたい事とは?」


「はい。私の知る限り、前回の『炎』が出現したのは約100年前。この100年間ずっと起きていなかった『炎』が再び発生するようになったのは何か理由が?」


「わからぬ。そもそも太古の昔から『炎』の発生する原因はわかっておらぬ。だが『炎』は時折この世界に発生し、それを鎮火できるのも異世界の勇者のみ、という事しかな」


「それじゃあ、俺が召喚されるまでの約100年間はこの世界は平和だったって事ですか」


「うむ。まぁそれを言うなら、平和ではなくなったからお主を召喚した、と言うほうが正しいがな」


「ではヴィアンテ様、もう一つ。リン殿以外の勇者は今、何処いずこに?」


「えっ?」


「………」



 勇者って俺一人じゃないのか?


 俺以外にも鎮火ができる勇者がこの世界に召喚されている?



「前回の『炎』が発生していた時代は私の生まれる前ですが、伝承には残っております。100年前には8人の勇者がいたと」


「8人も!?」


「………その通りだ。確かに前回の時には8人の勇者が召喚された。だが……今回召喚されたのはリン一人だけだ」


「そんな……それではリン殿の負担があまりにも大きすぎる!」


「わかっておる!今のままでは、リン一人で世界中の『炎』の発生源まで出向かねばならぬ。一人でカバーするにはあまりに範囲が広すぎる………」



 ヴィアンテ様が珍しく苦悩の表情を見せる。


 そうか、前回の100年前の時は8人もいたから、それぞれ地域を分散して守る事ができていた。


 けど今回は何故か俺一人しか勇者がいない………。



「これも原因はわからぬ。もしや私が100年前より弱くなったのではとも考えたが、そのようには感じぬ。だがリンを召喚する時、何かに邪魔をされてリン一人しかび出せなかった……そんな感覚は確かにあった」


「もしかして………」



 俺にはヴィアンテ様の感じた感覚の事はよくわからないけど、その話を聞いて思いつく程度の心当たりはあった。



「なんだ?何かあるのか?」


「はい、俺の世界の日本……俺の国では今、少子化が深刻な問題になってるんです。もしかしたらそれが原因なんじゃ……」


「なるほど、少子化か……。ふむ、それも原因の一つかもしれんが、それ自体が根本的な原因とは思えんな」


「そ、そうですか……」



 若者の絶対数が減っていれば、勇者候補が見つかる確率も減るのでは?という思いつきだったのだが、完全正解とは至らなかったようだ。


 でも、だとすると何が原因なんだろう。



「……一応、リンを召喚して以降、私も第二、第三の勇者の探知は続けておるし、これからも続けるつもりだ」


「私ごときが差し出がましい事を申しました。私も領主という立場上、我が領地と領民の安全を考えねばなりませんので……」


「いや、そなたの懸念は至極当然の事だ。私も引き続き原因の究明と勇者の増援に尽力すると約束しよう」


「ありがたきお言葉でございます」



 結局『炎』の謎と、勇者が見つからない原因はわからないまま話は終わった。


 そして丁度そのタイミングで列車はモスッド駅に到着した。



「それではヴィアンテ様、ラマニア殿下でんか、リン殿。私はここで失礼致します。よろしければこちらをどうぞ」



 そう言ってガッツさんは俺に紙袋を差し出した。



「これはお土産です。我がブルウッド領の名産の果物と海産物です。皆様でお召し上がりください」


「ありがたく頂戴致します。この度はお世話になりました」


「畏れ多いお言葉。では、これにて」



 ガッツさんは深々と頭を下げてから列車を降りていった。


 そして再び列車は動き始め、王都キースト駅を目指して進んでゆくのだった。

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