ピアノの上のサル。
******
2007年にヨソに書いたものを転載します。
私史上このようなキャラだったことは、後にも先にも彼相手の時だけで、それだけ気安い存在だったということか??
******
父の勤務先は転勤が多かった。
そして、たいてい同時に、あるいは1年くらいのズレで、転勤先で同じ面々が同じ社宅に入ることが多かった。
というわけで、私に同い年の幼なじみの男の子がいた。おそらく、父親同士が同期入社だったのか…。
その子はとても泣き虫で、小学2年生からある時期まで一時的に部分的に気が強かった私も、彼を泣かせてしまったことが何度もある。そして、謝るどころか、彼のフルネームをモジって「泣いてるカカシ、やーぃ」などとはやし立てて追い討ちをかけるという、とんでもないことをしていた。反省。
うちにピアノが来た時も、運び込まれるピアノを見て「いいね、みさえちゃん」と言った彼に、私ったら「●●ちゃんは、コジキでも弾いてればっ」などと言ったのだ。なんて、オゾましい子供だ。しかも、いくら当時流行っていた悪口だからって、「乞食」なんて、どうやって弾くんだ?(差別用語はいけません!)。
私と彼は同じピアノ教師に習いながら、私の知る限り、彼の方は最後まで電子オルガンでピアノの練習をしていた。もし彼が私にヤキモチを焼いていれば、ピアノを見て「ふん、そんなもの!」とか「ピアノなんか、本当に弾けるのかぁ?」的な発言だってあり得たはずなのに。今思えば、なんと素直でよい子だったのだろう。
そしてその時も、私の「コジキ」発言に彼は泣きベソをかいた。
でも、ナンダカンダ言って私たちは、私の父が亡くなってもうその会社の社宅に入ることがなくなるまで、とても仲良しだった。毎日のように学校から帰ると一緒に遊んだり宿題をしたりしていたし、毎日会ってるのに、彼は夕ご飯の時間となって別れることをイヤがった。遊びをやめようとしないのだ。
彼がどういう気持ちでいたのか、あるいは何か気持ちがあったとしてそれを意識していたかどうかわからない。シツケが厳しい家庭だったので、単に私と遊ぶことに逃避していただけかもしれない。
でも私も、物心ついた時から彼がいることは当たり前だったし、離れ離れになるとは想像したこともなかった。ずっとそのままでいたら結婚していたのかもしれないと思うくらい、馴染んだ存在だった。
しかし、父は亡くなり、私たちはお別れすることになった。
その日、彼はお母さんといっしょにうちに来た。サルの縫いぐるみを持って。
恥ずかしかったのだろうか、彼は何も言えず、代わりにお母さんが「これをボクだと思って大事にしてほしいんだって」と言った。確かに、彼はサルに似ていた。
私は、喜んでそれを受け取ったのだが……。
続けて、お母さんが言った。「このおサルさんのこと、●●ちゃん(彼の名前)って呼んでね」。
「うーん。いや。名前は、キャッコちゃんにする」と私は無邪気に言い放った。
もし今の時代だったら、子供だってこんなやり取りはしないかもしれない。ましてや、親も交えてなんて……。
でもこの時、このやり取りはとても自然だった。
そして、彼は内心、私の発言に撃沈されたかもしれないけど、私は本当にそのサルをもらったことがうれしくて、すぐに「自分の物モード」に入ってしまって、さっそくヒラメキで名付けただけなのだ。つまり、すっかり「気に入った」ということなのだ。
もちろん、うちの母は謝っていたみたいだし、相手のお母さんも呆れただろう。でも、本当なんです。すごく気に入ったんです。彼もメソメソ顔をしてたみたいだけど、そのサルを●●ちゃんと呼ばないからといって、彼のことを否定したわけでは、決してない。
ずいぶん長いこと、大人になっても、私はそれを持っていた。確かに最後の方は捨てる理由がなかったから、というだけかもしれないけど、キャッコちゃんは、ほかの縫いぐるみとともにボロボロになるまでウチのピアノの上にいた。もらってからずっと、首にはリボンが結ばれていた。
母は母で、先方のお母さんと長い間近況を報告しあっていた。ある時、彼が結婚したことが、年賀状に書いてあると母が言った。私は「ふぅーん。よかったね」とか何とか、言ったと思う。
その後、引っ越しでいろんな物を処分した時、キャッコちゃんも姿を消すことになった。さらにその後、母に届いていた手紙に、先方の事情が大きく変わったことが書いてあったことを聞いた。内容はハッキリ覚えてないけれど、なぜか「それっきりになりそうだ」という印象を受けたことは覚えている。
そしておそらく、今はもう便りは届いてないだろう。
今、思う。母だって、「ウチの娘は、相変わらず一人です」などと、書いていたに違いない。それを読んで、あちらではどんなことを話していただろう。
きっと、さもありなん。とか言って笑っていたかもしれない。多少、彼の方が気が弱かったとは言え、男の子を泣かしていた私だ。お別れの思い出の品に、ミソを付けた私だ。そう思われても仕方ない。
でも、信じてください。あれっきり、私も子供ながらに人生がガラリと変わり、それゆえに苦労もし…、っていうか、そんなことよりなにより、あれらの暴言暴挙は若気の(?)至りであって、9歳の私はあまりに子供じみた子供だったからに過ぎません。ごめんなさい。
私に一度も意地悪したことがなかったその性格のままに、ものすごく優しい大人の男になって、家庭を大事にしてるに違いない●●ちゃん。ずっと幸せでいてほしいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます