21 ジャスティス・トリオ

 真上に放たれたとはいえ、その衝撃は男達の気を引くのに十分過ぎるものだった。

 まず動いたのは藤田である。背中に隠していたナイフを器用に使い、服の一部ごと手の縄を切る。そのまま手にしたナイフで、彼は阿蘇の拘束を解いた。

 そして自由になった二人は、すぐさま部下二人に襲いかかった。突然の反撃に対応できるはずもなく、一人は阿蘇に取り押さえられ、もう一人は藤田によって首にナイフを押し当てられる。


 ほんの一瞬目を離した隙に。ただそれだけの間に、主犯格の男――羽猪は、圧倒的な劣勢に追い込まれていたのである。


「……くっ……テメェら!」


 羽猪は後退し、阿蘇に銃を向けようとする。しかし、これも背中に突きつけられた銃口によって阻まれた。


「そろそろ諦めたまえよ。よもや、外のお仲間君達からの助けを期待しているわけでもあるまい?」

「そ、それは……!」

「僕のような者がここにいる時点で察するんだね。大丈夫、殺しちゃあいないさ」


 田中の言葉に、打つ手を封じられた羽猪は口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。彼らの会話がひと段落するのを待っていた阿蘇は、一息ついて田中に言う。


「その分だと深馬はとっ捕まえたみてぇだな。なら、あそこにいる男は……」

「ああ、彼も僕らの仲間さ。名前はロック君。ジャスティス・トリオの新メンバー」

「何? 何て? バンド名?」

「ま、そういうわけさ。羽猪君にとっては不幸な知らせだけど、取引相手の深馬君はここには来ないよ。もっとも、今の彼の頭じゃあ、解放したとしてもこの場所に辿り着くことはできなかっただろうけどね」

「そ、そんな……! なら、あそこにある俺の金は……!?」

「残念、あれはパパッと用意した僕のポケットマネーさ。羽猪君達に分けてやるには、少しばかり勿体無いかねぇ」


 愕然とする羽猪は、力無くその場に崩れ落ちた。しかし、田中は容赦なく「ところで……」と追撃する。


「一つ、君に確認しておきたいことがあるんだ」

「か、確認?」

「そう。今回の依頼主である深馬君に関する事なんだが、彼は何ら特別な点はない一学生だろ? そんな彼に、君達が揺らぐほどの大金を調達できるとはとても思えなくてさ」

「ああ……」

「そこで彼には何か後ろ盾があったのではと推測したんだけど、思い当たる節は無いかい?」

「……」


 羽猪の目が散らばった札束に移る。田中はため息をつき、銃口でゴリゴリと背中を抉った。


「おーもーいーあーたーるーふーしーはー?」

「ああああ痛ぇ痛ぇ痛ぇっ!! うるせぇっ! なんで金も貰ってねぇのに情報を吐かなきゃならねぇんだ!」

「言える立場かね」

「金を寄越せ! 高飛びさせろ! そうすりゃいくらでも情報を吐いてやるよ!」

「うーん、困ったボクちゃんだなぁ。それじゃあ、もう少し分かりやすく君の立ち位置を教えてあげようか。――ねぇ、カラス君」


 彼の呼びかけに、気怠げな声が応える。

 途端に藤田の捕らえていた男が悲鳴を上げた。


「な、なんだ!?」

「言っただろう? 僕らはジャスティス・“トリオ”とだと」


 声が途切れ、男は周りの埃を舞い上げて倒れる。その背後に立っていたのは、左手に注射器を握る小柄な白衣の男。


「……実は我々、正義の側に立つとはいえ“裏側”の方でね。法に守られた警察とはまた違うのさ」

「……!」

「つまり、まぁ……警察ではとても為せないような正義をこっそりと執行することができる。例えば、こんな風に」


 カラスと呼ばれた男は、田中の人差し指の動きに従って、音も無く阿蘇の捕らえる部下の方へと近づく。部下は怯え絶叫したが、阿蘇に力尽くで押さえられていては逃げようがない。呆気なく注射を打たれ、事切れるように四肢を弛緩させた。


「何してんだよ……マジで何なんだよテメェら!」

「だからさっきから言ってるだろう。正義だよ」

「正義だぁ!? こんな正義が許されるわけねぇだろ!」

「誰に? 誰に許してもらわないといけないんだい? 僕らは個々の胸に良心と名付けた枷をはめ、ただ大いなる正義の為に太陽の影となった存在だ」


 田中は、煙草の煙を盛大に吐き出した。


「影に怒る人間を見たことがあるかい? ましてや影に許される人間など」

「……」

「そういうことさ。……さて、君の話に移ろう。これで晴れて四面楚歌となった訳だがね、とりあえず指が綺麗な形を保っている間に銃を捨ててもらおうかな」


 羽猪は、黙って手にした銃を落とす。それを蹴って遠くへやり、田中は問いかけた。


「それじゃ、情報をゲロしていただこうか」

「……まず訪ねてきたのは……深馬とかいうガキじゃなかった。身なりのいいオッサンだ。あー……なんつーの? 結婚式とかああいう場所で着てそうな……」

「モーニングコートというやつかね」

「かもな。ずんぐりしてて、ずっと笑ってやがったけど……ありゃ堅気じゃねぇな」

「何故だい?」

「刺青を彫ってたんだよ。喉の所に、目のついた変なマークの」

「ふむ。……それはひょっとして、こんなものではなかったかい?」


 田中が懐から出した絵を見た羽猪の体が、硬直する。しかし彼だけではない。何だろうと覗き込んだ藤田まで、同じく息を呑んだのである。


「……なるほど、やはりか」


 そこに描かれていたのは、六本の線によって囲まれた目のマークであった。


 羽猪の反応を肯定と捉えた田中は、紙をしまって眼鏡の位置を直す。藤田は堪らずに尋ねた。


「田中さん、その印は……!」

「黒い男だけじゃなくコイツらも関わっていたってことさ。むしろ下手をすると、ミートイーターを“作った”のもコイツらである可能性がある」

「作った……? おい、どういうことだ、ジイさん」

「財団が監視対象と置く団体の一つと言えばいいかな。“種まき人”と名乗る教会を聞いたことはないかい?」


 その名前に、阿蘇も目を見開く。それは、彼にとっても聞き覚えのある名だったのだ。

 だが、教会は確か二十年ほど前に起きた大事件の際に潰れたはずである。何故、今になって……。


「ここ二年の間に復活したらしい。表向きは全くまともな慈善団体だがね、どうもキナ臭い噂が絶えない」

「そんな団体、政府も放っておかねぇだろ」

「だから我々に話が来ているのさ。どうもこの件は、もう少し深追いせねばならんようだ」

「種まき人……」


 田中の話を聞きながら、藤田は唇に曲げた人差し指を当てて考えていた。

 ……そこは、うちの宗教団体とも少なくない接点があったと聞いたことがある。どちらかというと敵対関係にあり、たびたびトラブルが起こっていたらしい。とはいっても当時の自分はまだ幼かった為、詳しくは知らないのだが……。


 しかしその思考は唐突に中断される。捻じ切られるような頭痛が藤田を襲ったのだ。目の奥を鷲掴みにされる感覚と、快楽にも似た痛み。あまりのショックに、藤田は体を折り曲げて声を上げた。


「あっ……うぁっ、あっ!」

「まずい。阿蘇君、藤田君を押さえてくれ」

「分かった。どうすりゃいい」

「こんな時の為のカラス君さ。恐らくこれで抑えられる」


 阿蘇は頷き、藤田を地面に押し倒す。そして首筋を露出させ固定させると、そこに烏丸が手際良く薬を打ち込んだ。


「麻酔薬のようなもんだ」


 意識を失った藤田を見下ろし、平坦な口調で烏丸は説明する。


「これで一時的に眠ってもらい、発作を乗り切ってもらうって寸法よ。しかしこの方法もどれだけ保つことやら」

「先生、せめて明日の朝までは凌ぎたいのですが」

「ふーん……弟君、あんた注射打てる技術は持ってる?」

「いえ」

「なら錠剤にしとくか。一回一錠、ただし上限は三錠。さっきみたいに苦しみ始めたら飲ませたらいい」

「分かりました」

「ん。そんじゃ御大、ロックさん、引き上げます?」


 烏丸は立ち上がると、田中と六屋を振り返った。六屋は恐々と羽猪から距離を取りつつ、札束の詰まった鞄を持ってどてどてと走ってくる。


「ま、まさか、あの脳の持ち主が藤田君だったとは……。彼は大丈夫なのか?」

「大丈夫なわけないでしょ。この分だと明日ぐらいにゃ死ぬんじゃないですかね」

「ししし死ぬ!? ど、どうしてそんな彼をこんな場所に連れてきて……ああそうか、拉致されたのか! では今から病院へ……!」

「…………」

「烏丸君! 私への説明を面倒くさがらないでくれ!」


 案外仲の良さそうな二人を尻目に、藤田を担いだ阿蘇は田中に質問する。


「……ここに来た目的は、俺らの救出と“種まき人”の情報収集ですか」

「後は君に錠剤を渡す為だね」

「しかしどうやってここを……あー、発信機か。そんじゃ、ここから先も田中さんらが裏で見張っていてくれるんです?」

「そうできたら良かったんだがね、ちょいと調べることもできた。部下に見張らせはするが、ここは一時撤退するよ」

「分かりました。助けてくれてありがとうございます」


 丁寧に頭を下げた阿蘇だったが、一つだけ腑に落ちないことがあった。言うまでもなく、ロックと呼ばれる善良な一般人の存在である。

 尋ねると、田中はだいぶ短くなった煙草を口から離してニィと笑った。


「最近、専属の運転手が高齢で引退してしまってね。新しくドライバーを雇うことにしたのさ」

「つまりまたジジイの犠牲者が増えたと」

「ジャスティス・トリオ」

「だから何だよそのクソみてぇなチーム名はよ」

「ジャスティス・トリオ」

「気に入ってやがる。何度も言いやがって」


 そこそこ田中の相手をしつつ、阿蘇は自分たちが連れてこられた車の事を思い出す。そして車のキーを手に入れようと、運転していた男のポケットを探りに向かったのだった。

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