第2話 慰安旅行
「……話としては、興味深いな」
湯呑みに口をつけながら、曽根崎さんは言う。彼女の話に乗るかどうか考えているのだ。
先ほどまで演技がかった笑みを浮かべていた柊ちゃんであったが、今は子供のようなにんまり顔になっている。
「ま、都市伝説なんて持ち出してきちゃったけど、そんな危ない案件じゃないわよ。ミラクル遺伝子による奇跡的なソックリさんってトコがオチになるんじゃないかしら」
「だろうな。君は単に、景清君にこのイベントを紹介したかっただけだろ」
「たまには田舎で羽を伸ばすのもいいんじゃない?怪異の掃除人のお手伝いさんには、ピッタリの胡散臭さでしょ」
あ、そういう事か。
どうやらこの絶世の美女は、僕が財布を気にせず楽しめる小旅行を遠回しに提案してくれたらしい。
……強引な所はあるが、根は温かい人なのだ。
「で、どうせ行くなら、僕の雑誌も潤しなさいって話よ」
だが抜け目も無い。曽根崎さんは、再びチラシに目を落としながら僕に尋ねる。
「君は行ってみたいか?」
「どうしましょう」
「遠慮しなくていいぞ。私達が事務所を一週間留守にした所で、何の問題もない」
「それはそれで問題がある気もしますが……。でも、旅行には曽根崎さんも来るんですよね」
「勿論」
「そこがなぁ」
「なんだよ、不満なのかよ」
「仕方ない、慰安旅行と思うことにします」
「失礼な部下だな。そっちがそのつもりなら、こっちは上司として全力で親睦を深めにかかるぞ」
話は決まった。曽根崎さんはチラシに書かれた電話番号を爪でなぞり、美麗な顔に問いかける。
「君も来るだろ?」
「ボク? そうねぇ、行きたいのは山々なんだけど……」
珍しく言葉に詰まる柊ちゃんに、僕は意外な気持ちで彼女の顔を見た。なんせ、面白い事となると我が身すらかえりみず事件に飛び込むような人である。当然、一も二もなく一緒に来るのだと思っていた。
柊ちゃんはスラリとした指を頬にあて、残念そうにため息をつく。
「……このイベント、女人禁制なのよね」
「女人禁制?」
「そ。山の神は女神だって、さっきこの不審者面が言ったでしょ? せっかくやってきたお婿さんが、ボクみたいな絶世の美女と一緒だったらどう思う?」
「あー……ヤキモチ妬いちゃいますかね」
「わかってるじゃない。だから、女性がマレビトとして訪れるのは、この村では歓迎されないの」
……あなた、戸籍上は男じゃないですか。
一瞬喉までせり上がってきた言葉を、慌てて胃まで押し戻す。柊ちゃんが自分を女性だと言うなら、女性なのである。
「ふむ。同行者は三人まで来ても良いという事だから是非にと思ったが、そういう事情ならやむを得ないな」
曽根崎さんはあっさり納得すると、悩むように首を傾けた。……上限いっぱいまで連れて行くつもりなのだろうか。となると、車の運転ができる阿蘇さんは確実に呼び出されるとして……。
彼は一度だけ僕に目線をやると、柊ちゃんに声をかけた。
「柊ちゃん、君の見解を聞きたいんだが」
「何?」
「このマレビトに参加する男には、彼女がいては駄目だとチラシに書いてあるな」
「ええ」
「……セフレは、彼女の括りに入ると思うか?」
その際どい一言で全てを察する。
――この人、 “ 奴 ” も連れて行くつもりだな!?
性的人類愛者を自称する身内のヘラリとした表情が脳をよぎる中、柊ちゃんは鼻で笑って返した。
「ダメに決まってるでしょうけど、言わなきゃバレっこないわよね!」
一切神を敬う様子の無い柊ちゃんの言葉に、曽根崎さんは最後の同行者を決めたらしい。小旅行の主役になるだろう僕は賑やかすぎる道中になる事を覚悟し、肩を落としたのだった。
多間村は、阿蘇さんの運転する車で四時間ほどかけた山の中にあった。
村という名称がついているとはいえ、コンビニやホームセンターもあり、まあまあ人の通りも確認できる。市町村合併が当たり前のこのご時世に、なお村として生き残っているという事は、それなりの地力があるのだろう。
「いい所だね、景清!」
走る車の窓から頭を出した爽やかなイケメンが、満面の笑みで僕に言う。彼の名前は、藤田直和さん。僕の叔父であり、阿蘇さんの幼馴染である。
後部座席で藤田さんの隣に座る僕は、身を乗り出す彼のシャツを掴んで引っ張った。
「危ないですよ、藤田さん。車通りは殆どありませんが、もしもという事だってあるんですから」
「オレの甥は可愛いなぁ。心配してくれてるの?」
「せっかくの旅行で死人が出たら後味悪いじゃないですか」
「景清の想像の中でオレ死んでる」
死なないように忠告しているのではないか。人聞きの悪い叔父である。
「まあ、最悪同行者が一人減るぐらい構わないぜ。寂しかったら代わりにタヌキでも捕まえてやるよ、景清君」
そして、長い付き合いであるが故に大いに迷惑を被ってきただろう人物の容赦ない言動が、運転席から飛んできた。阿蘇さんである。
タヌキか。いいな。可愛いな。
ふかふかの毛皮を想像する僕に、藤田さんは急いで割り込んでくる。
「騙されちゃダメだ、景清! タヌキを許可無く保護する事は、鳥獣保護管理法で禁止されてる!」
「はぁ」
「だから諦めてオレを抱け」
「前半と後半で知能指数がガクンと下がりましたが、何がありました?」
「抱かれる方がいい?」
「早く知力を元に戻してください。会話にならねぇ」
しかし悲しい哉、藤田という男はこれで通常運転なのである。さすが、揺り籠から墓場まで性別フリーで抱けると豪語する緩さは伊達じゃない。
両手を広げた藤田さんを無視しながら、助手席で地図を広げる曽根崎さんを覗き込んだ。
「あとどれぐらいです?」
「うん。ここまで来たら、目的地まではあと二十分かな」
「まだ結構かかるんですね」
「少し離れた場所にあるんだ。君、車酔いはしてないか?」
「ここまできてその心配は相当遅いですよ、曽根崎さん」
どこか呑気な空気が流れる車内で、僕らは阿蘇さんの安全運転に身を任せている。僕はみんなが飲み食いした後のゴミをまとめながら、窓の外に目をやった。
田舎らしい風景だ。山は迫るように近く、流れる川は底にある石が見えるほど透き通っている。ぼんやりと眺めている間に、やがて車は舗装された道から外れ、ガタガタと車体を揺らし始めた。
「この道を抜ければ、いよいよ到着だ」
曽根崎さんは言う。
「多間村第五地区――そこが、君の婿入り先だよ」
僕を振り返ったもじゃもじゃ頭は、からかうように唇を歪めたのだった。
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