日々の裏の噂

間堂実理果

目を引く看板

 みなさんは霊に気を引かれた経験があるだろうか?


 以前交通事故があった場所で、道路脇の花に視線を持っていかれた。山中を歩いていると見つけたお地蔵さまの姿が頭から離れない。そんな経験だ。


 霊には人を引き付ける力がある。

 この世に残留している念が強ければ強いほど、引き付ける力は強い。


 あなたたちも知らぬ間に引かれ、連れて行かれそうになっているかもしれない。



 ところで、献花やお地蔵さまのように明らかに力を持っているものではない、何でもないものに心を奪われたことはないだろうか?

 そう、例えば「看板」とか――。

 実はそれにも、強い念が宿っているかもしれない。


 これは私が、友人Kから聞いた話である。



 彼はある日、看板補修のバイトに行った。日雇いなので働くのは1日だけ。日給もそこそこ良い、好条件の仕事だった。


 補修をしたのは、大きな交差点の側にある、とある大手量販店の看板だった。他のバイトの人と協力して、劣化している場所にペンキを重ねて塗っていく。


 その作業の途中で、Kはあることに気がついた。ペンキから奇妙な臭いがするのだ。生魚に近い異臭。初めはあまり気にしていなかったが、だんだん不快感が増していった。同僚も同じだったようで、顔をしかめている。


 しかしペンキはその1種類しかない。仕方なくそれを使い続けることにした。


 作業が終わり、会社に戻る。道具を返却し、給料を受け取った。

 そこでKは社員の1人に尋ねた。

「今日作業に使ったペンキ、何だか変な臭いがしたんです。大丈夫でしょうか?」

 すると社員は、

「バイトが気にすることじゃない」

 と突っぱねた。


 その態度を不審に思ったKは、しつこくペンキについて尋ねた。

 ようやく折れた社員は、とある秘密を打ち明ける。

「実はあの塗料には、人の血が混ぜてあるんだ」


 Kはそれを全く疑わなかった。むしろ納得した。そうだ、あの生臭さは、生き物の血の臭いだ。と。


 社員曰く、それは企業の希望らしい。

「血っていうのはな、人の念が籠るんだよ。人の念は他者を引き付ける力がある。だから看板には人の血を混ぜて、多くの人の意識に刷り込まれやすくするんだ」


 これは、看板製造の現場で密かに語り伝えられていることらしい。

 ちなみにペンキに混ぜる血は、事故や殺人で不慮の死を迎えた者のものである方が良いのだとか。望まぬ形でこの世を離れた者の方が、多くの念を残しているから――。



 あなたの周りに、妙に人の気を引くものはないだろうか? もしかすると、それはあなたを連れて行こうとしているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る