第158話 こだわり

「俺は、冒険者だっ!」と、踏み込みざま、ホッパーソードを振るう。

 頭を後ろに傾けるだけで、その俺の斬撃をかわす革靴をはいた猫。右手から伸ばした爪を振り上げるようにして俺の顔を狙ってくる。

 俺は発動したままの飛行スキルで真上に飛び上がる。


 追撃とばかりに、ジャンプし迫る革靴をはいた猫。


 ──速いっ! 重力軽減しているのかっ。かわしきれない


 俺はとっさに身を捻る。空中で振るわれた猫の爪。一撃目はかわすも、二撃目がざっくりと俺のふくらはぎを抉る。


 足を走る灼熱。加速された知覚の中で、速くも傷が熱を持ち始める。


 捻った体の勢いのまま、薙ぎ払うようにカニさんミトンから酸の泡を発射する。革靴をはいた猫はまるで液体かのように、するりと泡と泡の隙間をすり抜ける。

 僅かに体毛の一部を溶かすことには、成功する。


 互いに一度、距離を取る。


 乱れた体毛を毛繕いする猫。俺も傷をイド生体変化で塞ぐ。


「ぺっ。苦くて勘弁にゃ」


「じゃあ、降参すればいいだろ」と俺は話しながら不意打ちを狙い酸の泡を発射。

 またしてもするりとかわされる。


「一度見れば、そんなの当たるわけないにゃ」と自慢げな革靴をはいた猫。


 ──回避能力が高いっ。接近戦は向こうに分がある。それでも、斬るしかないのか。


 そのまま地を這うように駆けて近づいてくる猫。俺は半身になるようにして構える。


 動きを止めたら、そのままやられてしまう予感。俺は構えた姿勢から、自らも革靴をはいた猫に向かって駆ける。


 ──接触して互いに重力過重は分が悪い。俺の方が体重があるっぼいしな。手数も負ける。俺の唯一の利点は、武器の間合いの広さぐらいか。当然、革靴をはいた猫もそれは把握しているだろう。だとすると……


 一瞬の間に、目先の方針を思考する。そして、ホッパーソードを突き刺せるように右腕を畳み込んだ構えにかえ、突進。

 革靴をはいた猫もスピードをあげて近づいてくる。


 互いの距離が、ホッパーソードの間合いに入った瞬間。俺はホッパーソードを突きだす。

 狙いは猫の喉。

 上体をずらし、革靴をはいた猫はぬらりと俺の刺突をかわす。

 革靴をはいた猫の髭をかすめる、剣先。


 にやっ嗤う猫。俺の伸びた腕を猫の爪が襲う。

 俺は全力で、背後への飛行スキルを発動。


 しかし、間に合わない。猫の両手の爪が俺の右腕を捉える。

 飛び散る肉片と、骨。

 十本の爪でなます切りにされた右腕。

 俺の右手は切断され、ホッパーソードを握ったまま、くるくると飛んでいってしまう。


「っっっうぅぅぅーー」歯をくいしばった隙間から漏れる悲鳴。激痛で折れそうになる気持ち。

 その一瞬で、脳裏を巡ったのは、情景。


 冬蜻蛉や猫林檎、子供達の食事の楽しげな姿。

 江奈さんの怒った顔。


 俺は渾身の気合いで、左手に隠し持っていたもう一振りのホッパーソードを振るう。半身に構えた時に、体の陰でこっそり抜き放っていたのだ。

 狙うは、俺の右手をなます切りにした猫の手。


 ──取ったっ!


 猫の両手を、まとめて切り飛ばす。

 刃も綺麗にたっていない力任せの一撃目。千切れるように飛んでいく猫の手。その衝撃でよろめいた猫の体に追撃の蹴りを放つ。

 蹴りの衝撃で飛んでいく猫の体。その先には無数のぷにっと達。


「抑えて、武装解除ーっ。殺すなよ!」と声も絶え絶えに俺は叫ぶ。


 俺の声に反応して、ぷにっと達がどんどんと革靴をはいた猫へ取り付き、踏みつけ、その体に登っていく。


 あっという間に両足から外される、革靴。そのままぷにっと達が猫をどこかへと連れていった。


 俺はそれだけ見届けると、どばどばと血が垂れていた傷へ、イド生体変化で仮の止血を施す。

 変わらぬ死ぬほどの痛み。

 しかし、切り飛ばされた右手と、ホッパーソードを地面から拾って来た。


 なます切りにされ、細かくなりすぎた肉と骨は大部分が上腕。俺は何とか腕をくっつけようとイド・エキスカベータを限界を超えて作動。大量のイドを取り込み始めた。







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