第156話 犠牲

 俺は装備品を掴んでネカフェを飛び出す。心のどこかで、こうなるのではないかと思っていた。敵の存在と冬蜻蛉の失踪。当然何らかのちょっかいをかけてくるのでは、と。


 ネカフェの内外で慌ただしく動き回るぷにっと達。

 ウシャが、小さなお手々を振り回し、他のぷにっと達になにやら防衛の指示を出している様子が目にはいる。

 ネカフェの周囲を囲むように建設されていた壁がいつの間にか完成している。取り付けられた門が閉まっていく。


 俺はネカフェを出た所で飛行スキルを発動、まっすぐ上空へ飛び出す。

 煌々とした月の光。

 満月だ。


 満月の光に照らされて、無数の動物の姿がネカフェに迫りくるのが見える。


「動物? いやモンスターか? かなりの数だ……」


 一見、普通の犬や猫にも見える敵の姿。もちろん、猫や犬が大量に仲良く行動している時点で、それは異常と言う他ない。

 少なく見積もっても数百匹は居るであろう群れなのだから。

 さらに犬種もバラバラに見える。ただ、不思議なのは小型犬の割合が比較的高そうなこと。

 猫の方は遠目で夜と言う事もあり、細かい違いはよくわからない。ただそれでも、あの犬猫達は、まるで元々は人のペットだったかのような印象を受ける。


「ああ、そうか。首輪をしているからか」


 俺が呟いたその時だった。ネカフェの周りを埋め尽くさんばかりに存在していたぷにっと達が、襲いかかる。

 どこにこれだけの数が居たのかと思うほどのぷにっと達。

 俺がぷにっと注入スキルを覚えて以来、産み出し続けてきた莫大な数の、ぷにっと。


 特にここ三日は、全方位へのローラー作戦での冬蜻蛉捜索を実現するための、箍が外れたようにぷにっと注入を続けていた。


 そのぷにっと達が犬猫の群れを飲み込まんと襲いかかる。

 それはまるで海のように。

 アスファルト製のぷにっとの青黒い色。車製のぷにっと達のカラフルな色合い。瓦礫製のぷにっと達の武骨な姿。

 それが一体となって、怒濤の攻勢。


 個々のぷにっと達の戦闘のスキルは皆無だ。武器すらまともに持てない。

 動きも速くない。

 しかし、それでも。ぷにっと達の唯一にして絶対の強みである物量。ただ、それだけで戦線は拮抗しているように見える。

 一匹の犬型の敵は、ぷにっとと接触する際に、その耳から触手のようなものを伸ばし、ぷにっとを薙ぎ払う。一薙ぎで十数匹のぷにっとが吹き飛びバラバラになる。

 しかしその吹き飛んだぷにっとの背後には数十匹のぷにっとが控えている。


 薙ぎ払い。吹き飛ぶ、ぷにっと。

 また、薙ぎ払い。吹き飛ぶ、ぷにっと。

 またまた、薙ぎ払い。吹き飛ぶ、ぷにっと。


 どんどんと、バラバラになるぷにっと達。積み重なる残骸。

 俺は思わず救援に駆けつけようとする自分を何とか戒める。今はまだ力を温存すべきと言う直感。

 その間にも、犬の薙ぎ払いの速度は疲労からか次第に落ちていく。その触手を生やした犬へと、ぷにっとが迫る。


 そしてついに一体のぷにっとが、犬の体へと手をかける。そこからはあっという間にだった。

 次々に取り付くぷにっとで、犬の体が埋まる。

 自らの自重を持ってして、ぷにっとが犬を押し潰す。


 ぷちっと。

 小山のように積み重なったぷにっと達の下から、圧し殺された犬の体液が流れ出す。


 そこかしこで、ぷにっとによる小山が出来上がっていく。

 そして小山の下から流れ出る体液。


 舌が機銃のように変形する猫も。

 体毛が毒でヌメヌメと光っている犬も。

 その周りでは無数のぷにっと達の残骸を築きつつ。結局は数の暴力で押しきられて行く。


「朽木っ!」俺を呼ぶ声。下を向くと、江奈さんだ。二丁の魔法銃を構え、ネカフェを囲む壁の上にたつ江奈さん。

 七色の光を撃ち出し、ぷにっと達へ援護射撃をしている。


 俺は急ぎ降下し合流する。


「戦況は?」


「拮抗しつつ、やや優勢。ぷにっと達の犠牲が大きい」


「ああ」一度目をつむり、再び開いた江奈さん。その瞳は強い光を放っている。


 ──可愛いもの好きで、普段からぷにっと達に積極的に絡んで行っているもんな、江奈さん。


 俺は申し訳ない気持ちになる。

 現状、ぷにっと達の犠牲なくして、子供達と江奈さんの命とを守れないこと。

 そして、この犠牲が自分たちを守るためと、江奈さんが理解してしまっていることに対して。


 自主的に自らの命を捧げてくれているぷにっと達に、せめてもの感謝を胸に刻み込む。


「朽木。均衡が破れるぞ」江奈さんのその言葉に、はっと我にかえる。

 江奈さんの魔法拳銃の差す先。

 そこには群がるぷにっと達を粉塵のようにはね飛ばしながらこちらに一直線に向かってくる一つの影があった。



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