第152話 サイド 冬蜻蛉6

「ヒェッ」僕の喉から変な音が漏れる。


 気がつくと僕は尻餅をついて後ずさっていた。

 とん。背中に、壁が当たる。


 第一の喇叭ちゃんが両足を揃えて、腕を真っ直ぐ横に広げる。そのままぴょんと跳ね、僕の目の前へ。


「やっちゃった~。やっちゃった~。鳩さんバラバラ、楽しいなー。街もぐちゃぐちゃ、気持ちいいー。さて、さてさてー。次も殺っちゃう? 殺っちゃうよね?」


 恐怖のあまり声が出ない。様々な怖い目にあって来たが、ここまで恐ろしい相手は初めてだ。僕はせめてもと、ぎこちなく首を横にふる。


「んー?」第一の喇叭ちゃんは広げた腕のまま、ひこーきっ! とばかりの動きを何故かしながら、そんな声を出す。


「じゃあ次は、あの男、殺っちゃいます? 身に過ぎた装備品を持ってるから、殺っちゃいます? サクっとスパッと殺っちゃます? そうしたら特別な武器も防具も、全部君のものだよ」と僕の精一杯の意思表示などどこ吹く風の第一の喇叭ちゃん。その目は僕の足元を見ながら、軽やかに誘惑するよう。


 僕は、思わずさーと血の気が引く。


 ──はやく、はやく否定しないとっ。男ってきっと朽木のことだ。本当に殺されちゃうよ!


 パクパクと口を動かすが、いまだに上手く声が出ない。


「それに、あいつってさー、君から見たら敵の世界の人間でしょ? そーいうの、第一の喇叭ちゃんには、一目でわかるのです! しかも品性下劣、根性汚濁まみれと名高いノマドスライムの臭いがするよー。あんなのと関わってたら君もスライム臭くなっちゃうよー」


 と、ひこーきのポーズをやめ、手を目の上にかざす。それは遠くを見る仕草。その視線の先は、僕たちのネカフェの方向。


「んー。完全にスライムにとりついているねー。でも、逆に、ほとんど取り込んでもいるー。あれ、男のお仲間の女かな」クンクンと鼻を動かし、眉間にシワを寄せて第一の喇叭ちゃんが言う。


 ──江奈・キングスマンの事?! こんなに離れていて、壁もあるのに、まるで見えたり臭ったりしているような仕草だけど。まさか、ね。でも、本当なら何とかしなきゃ。


 僕はようやく声が出る。か細い、か細い声が。


「ダ、メ……」


「えー」と不満げな第一の喇叭ちゃん「あいつら、スライム臭いよ! それに……」と、何故か急に言葉を切ると、風の臭いをかぎ出す。


「あーなっとくー。なるほど。なるほどー。原因は不可触の大樹の実ですか。食べちゃって、出来損ないの世界の胚を持ってる人がいるって訳ねー。そういう事ー。それはそれで、楽しいからいいや~」


 急にハイテンションに戻る第一の喇叭ちゃん。ばっと片手を上げるポーズをとる。初めて顕在したときのポーズ。


「そろそろ帰るー。誰でも何人でも、殺っちゃいたくなったらよんでねー。いつでもどこでも、エントロピーをお届けっ! 第一の喇叭ちゃんだよー」


 そういうと、片翼の白銀の翼が第一の喇叭ちゃんの体を包み込む。

 しゅるしゅると音を立てて、それはどんどんと小さくなっていく。


 翼が作っていた球体は、ついには一枚の白色のカードとなる。そしてヒラヒラと僕の足元へと舞い落ちてきた。

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