第140話 ぬれぎぬ

 目の前でうずくまる冬蜻蛉。俺は急いで重力軽減操作をかけると、ひょいっと持ち上げる。


「ううっ。僕まだ、やれる」とそんなことを言う冬蜻蛉。


 強がりと言うよりも自分の状態がまだあまりわかっていないのだろうと俺は思った。


「取り敢えずネカフェに戻ろう。大丈夫、休んでれば良くなるから。そしたら、続きも出来るから」と、俺は冬蜻蛉を宥めすかし、ネカフェへ向かって早足で進む。


「それよりも、気持ち悪いだけか? 他に何か感じるか?」


「なんだか、世界が、暗く感じる。なんだろう、ぽっかりしているような。どんよりしているような、そんな感じ、する」と冬蜻蛉。


 ──どう考えても、イドの枯渇だろう。この様子だと、初めて枯渇したんだろうな。今、話している間にも、少しずつ顔色が良くなっているから、完全に枯渇までは行ってないな。


 俺は冬蜻蛉の顔を見下ろしながら、そう判断する。


「それは、絶望感ってやつだな。大丈夫、すぐにその感覚も良くなるから。その様子なら、イドが枯渇しきってなさそうだから、回復も早いはずだ」と俺。


「イドって?」


「そこら辺の話しはあとだ。ほら、ネカフェ着くから」


 俺たちが帰ってきたことに気がついたぷにっとが、ネカフェの手動になった自動ドアを開けてくれる。

 ありがたく通りながら、ふと思いだして、ぷにっと達に空き地に放置してきた革靴の回収をお願いする。


 自動ドアを開けてくれているぷにっととは別の子が、すぐにひょこひょことした様子で空き地へと向かっていく。


 ネカフェへ入った俺はすぐさま冬蜻蛉が使っているブースへ。


「開けるぞ」と一応、一声かける。


 返事を待たずに扉を開けると、そこはいかにも冬蜻蛉の部屋といった様子だった。


 周囲のブースから集めたのだろう無数のハンガー。それに一着ずつジャンパーが掛けられ、ブースの壁がほとんどジャンパーで埋まっている。電気が来てないので、午前中でも暗く感じるブース。


 俺はリクライニングチェアに冬蜻蛉をそっと下ろす。

 背後からノックの音。

 振り返ると、ぷにっと達が手に手に、懐中電灯に、水の入ったペットボトル、それに毛布やらを持ってきてくれていた。

 ぷにっと達に冬蜻蛉の看病を任せ、ブースから出る俺。

 狭いネカフェのブースだと小柄なぷにっと達の方が小回りがきく。


 そこへ猫林檎を筆頭に、子供達が様子を見にやってくる。

 どうやらぷにっと達がここに集まってきたのを見て、俺たちが戻ったのがわかったようだ。

 ブースの入り口から鈴なりになって中を覗く子供達。

 冬蜻蛉のぐったりした様子に子供達は口々に心配そうに声をかけている。


 それに答える冬蜻蛉。子供達を心配させまいとしてか、気丈に答えているのが、一歩引いて立っている俺にも聞こえてくる。

 これじゃあ冬蜻蛉も休めないだろうと、子供達に声をかける。


「みんな、大丈夫。冬蜻蛉は少し疲れただけで、少しすればすぐさま元通りだから。今は休ませてあげよう、な」


 一番冬蜻蛉の近くにいた子が、こちらを向くと俺に聞いてくる。


「おじちゃんが冬蜻蛉お姉ちゃんをお外でいじめたの?」


 その質問は、絶大な破壊力を伴って、俺の精神へと突き刺さった。


「いや、違うから! いじめてなんていないよ!」


 俺はあらぬ疑いを晴らそうと、その子──確か名前は鳥硝子トリガラス──に必死に答える。

 他の子達からも向けられてくる、疑いの眼差し。

 イドの枯渇でうつらうつらし始めた冬蜻蛉。


 ほとほと困った所へゆっくり歩いて現れた江奈さん。

 その姿が、今ばかりは救いの女神に見えた。


「朽木、訓練、やり過ぎたの? あれほど注意しなさいよって……」と開口一番、発せられた追撃の鉄槌。


 どうやら女神に見えたのは見間違いだったようだ。

 完全に撃沈した俺。


 結局、誤解が解けるのに、冬蜻蛉がイドの枯渇から復活し、見かねて止めてくれるまでかかった。

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