第132話 ネカフェのブース
江奈がブースに入っていく姿を見送る。
しかし、すぐさまブースのドアが再び開く。
「ごめんなさい、もう大丈夫。さあ、続きを話しましょうか」
俺は迷ったが、ここは話をしといた方が良いかと、考え直す。
ブースのドアが閉まらないようにすると、俺はオープン席の椅子を持ってきて、通路に置く。江奈の顔が見えるよう微調整。
その途中で、普通にネカフェの中を行き来しているぷにっと達を見かける。掃除をしてくれているようで、ネカフェの中が見違えるように整頓されている。手の空いてそうなぷにっとに、二人分の食べ物と飲み物を頼んでみる。
ついでに、先程ファルトから何故か渡された缶詰を、そのぷにっとに渡しておく。ちなみに、カニカマ缶だった。
──今にして思えば、ファルトにカニ好きだとでも思われている、とか。もしかして、このミトンがトレードマークみたいにぷにっと達に思われていたりして。カニさんマーク好きで、着けているとっ?
ふらふらと江奈のいるブース席の前に置いた椅子に座る。クッション製の高い、肘掛けが木製タイプの椅子だ。
ホームセンターからこのかた、久しぶりに座り込むと、一気に疲れがのし掛かってくる。
俺は思わず、ネカフェの椅子に持ってかれそうになる意識を気合いで引き締めると、ブースの入り口越しにこちらを見ている江奈に向き直る。
「ごめん、お待たせ。さて、話しの続きをしようか」
「……そうね。朽木も疲れていそうだから手短にしましょう。まず、ここが何処なのか、ね。最初の夜にも話したけど、やっぱりここは異世界だと、私は思う」
「ああ、俺も。今じゃあ、そうなんじゃないかとほぼ確信しているよ。状況証拠が、だいぶ出てきた。一つは、元の俺たちの世界では確認されていないモンスター、ゴブリン達の存在」俺は一つ指を折る。
「この世界の住人たる、彼女達の奇妙に見える服装、それに名前の付け方もね」と江奈が冬蜻蛉達の事を言及しながら二つ目の指を折る。
「それに、スキルつきの武器を持っていたんだよ。ホームセンターで敵対してきた男が。俺と似た装備品化のスキルが、この世界にはあるんだろうな」と俺は三本目の指を折る。
「根拠が三つ。仮説としては十分ね。それにしても、装備品化スキルか。厄介ね」
「ああ。かなり強いスキルがある可能性があるな」と俺は頷く。
「それも、そうなんだけどね。厄介なのは、朽木の装備品化のスキルってたぶんここの世界が由来なんじゃないかってこと。私ね、あれからここで寝込みながら何度も夢を見てたの。全部、アクアの夢だった。あの子、夢の中じゃ何故かいつも泣いているのよ。不思議でしょ。私はほとんど顔を合わせた事がないけど、数少ない機会で知った彼女は、全然そんな雰囲気じゃ無かったから」
「アクアの夢って、それ、大丈夫なの?!」俺は思わず声が大きくなる。
「ええ、大丈夫よ、安心して。前も言ったかと思うけど、意識を乗っ取られるとかそういうのじゃ、本当にないの。ただ、わかるの。アクアの力がまだここにあるって。たぶん、夢を見るのもそのせい」と、江奈は自らの足にアザをさすりながら。
そこで一度首をかしげる江奈。まるで何かに耳を傾けているかのような様子を見せる。
「そう、力をあげるから、お願いを聞いて欲しいって言われているみたいなのよね。夢を通して」と、再び話す江奈。
「そんなっ! それはいくらなんでも、勝手すぎるだろっ」俺は江奈の話を聞いて思わず椅子から立ち上がってしまう。
頭を過るのは、これまでにアクアがしてきた数々の事。裏切り、そして師匠の死。さらには殺されかけたこと。どれ一つとっても、到底許せないと思ってしまう俺がいる。そんなアクアの願いを叶えるなんて言語道断だと。
「江奈さんだって、アクアは仇じゃないか!」
「もちろん、そう。いまだに私も到底、許せないわよ。でもね、アクアの希望を知ることで、今の状況が打破出来るかもしれないのよ」
「……
「ええ。朽木も私がうなされていたときに聞いてたわよね。この世界にアクアが来ようとしていた理由。アクアの世界から流れて行ってしまった果実の回収。アクアの望んでいたそれが、すべて鍵なんじゃないかって思うの」
とちょうどそこへ、ぷにっと達が食べ物を運んできた。
俺たちはどちらからともなく口を閉じる。お互いに、今の会話の内容を受け止めるためには、二人とも時間が必要だとわかっていたのだ。
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