第124話 取引

 俺が男に答えようとした時だった。

 カランカランという音が、響く。

 ばっと振り向く男。

 その視線の先には、何故か俺たちの方へ近づいて来ていた冬蜻蛉の姿が。その手には、出刃包丁。

 足元には、別の料理器具らしき物。

 先の争いで乱れていた棚の商品だろう。冬蜻蛉がぶつかるか何かして、落としてしまったようだ。


 ──どうして出てきた、冬蜻蛉!


 俺は歯がみする思いで冬蜻蛉を見る。

 顔面蒼白でこちらを見ている冬蜻蛉。

 その俺たちの様子を、口が裂けんばかりに嗤いながら蜘蛛のような男が声をかけてくる。


「お前さん、子供を助けたいんか。子供を守りながら、戦えるか、見ものだな」肩にかけていたハンマーを下ろし、ゆらりと冬蜻蛉の方へと歩き始める男。


「待てっ! 取引の内容は?」俺は、とっさに男を呼び止める。頭にちらつくのは、先ほどの跳躍の時に垣間見た男の素早さ。


「ははっ。そうこなくっちゃねえ。なーに簡単さ。お前さんのスキル付きの武器、全部置いてきな。そしたらお前さんは見逃してやんよ」


「……ふう、流石にそれはふっかけ過ぎじゃないか? えっと、あんたの名前は? 俺は朽木だ」


 俺は論外な男の要求に、とりあえず時間稼ぎをしてみる。ホッパーソードをしまい、両手を広げながら。


「はっ。やっぱりそれ、スキル付きなんだな! しかも、複数個持ち! 超ラッキーだぜ。冥土の土産に教えてやんよ。お前さんを殺すのは、この白蜘蛛しろくも様さっ」と叫びながら、こちらに突っ込んでくる白蜘蛛。


 ──くっ! かまをかけられただけかっ。やられた。最初からこっちのこと殺すつもりってことか!


 俺はホッパーソードを抜き放つ。

 長い足で、急速に間合いを詰めてくる白蜘蛛。

 再び、ゆっくりと流れ始める時間。


 ──少なくとも、冬蜻蛉からは離れたっ!


 白蜘蛛は移動の速度を上乗せし、ハンマーを斜め下から振り上げるようにして叩きつけてくる。

 俺は軽く後ろに跳びながら、ホッパーソードでそれを受ける。


 衝撃。

 俺の体が後方へとはじき飛ぶ。


 しかし、それは狙い通り。

 空中で、俺はカニさんミトンを白蜘蛛へ向けると、酸の泡を撃つ。

 白蜘蛛はハンマーを振るった勢いのままに、回転しながら地面に這いつくばるように姿勢を落とす。両手足を床につき、俺の酸の泡をくぐるようにしてかわす白蜘蛛。まるで本当の蜘蛛のようだ。


 その時だった。


 耳をつんざく打撃音。周りにあったはずの棚が、俺に向かって迫りくる。


 その数、二つ。

 十字砲火のように俺へと迫りつつある棚。未だ空中にいる俺。商品が、その空飛ぶ棚から撒き散らされていく様子が、ゆっくりと俺の瞳に映る。


 飛び散る商品の向こうに見えるのは、先ほど倒した巨大ゴブリンと同種とおぼしき個体。それが、二体。


 ──巨大ゴブリンっ、ボスじゃなくて量産タイプだったのか。時間稼ぎをしていたのは向こうの方だったか。しかも、まんまと十字砲火の交点に追い込まれた。完全にやられたっ。


 俺は自嘲気味に笑ってしまう。そして、ここ暫く控えていた、全力を出すことを決意する。





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