第123話 巨大ゴブリン

 蜘蛛のような男が、巨大ゴブリンの目の前で立ち止まる。


 ──遠いっ! 間に合わない!


「おいっ!」思わず声をあげる俺。


 巨大ゴブリンと蜘蛛のような男がこちらを向く。

 様子がおかしい。

 巨大ゴブリンが男に襲いかかる様子がないのだ。


 とっさに急停止する俺。

 巨大ゴブリンが懐に手を入れるのが見える。


 首筋がチリチリするような嫌な予感にかられ、俺は飛行スキルを発動。天井に向かって跳ね上がろうとする。

 巨大ゴブリンが懐から手を出しざま。何かが投擲されてくる。


 そんな投げ方で放たれた、無数の金属。しかしそれらは、プロ野球選手の豪速球並の速度で、散弾のようになりながら俺へ迫りくる。


 一瞬前まで俺がいた空間を切り裂き、背後の壁に突き刺さる巨大なナットやネジ。それが投げつけられた金属片の正体のようだ。

 天井に着地した俺はそれを見ながら、冷や汗をぬぐう。


 ──なんて速度だ……


 平然と一連の様子を眺めている、蜘蛛のような男。

 そいつ、見た目は人間だがゴブリンの仲間なんだと、俺は確信する。それと共に、無闇に飛び出してしまった事を後悔する。


 ──くっ、あれもモンスターなんだよな? こっちの世界は色々と違っていて厄介だな……


 再び懐に手を入れる巨大ゴブリン。


「やばっ」俺は天井の壁を思い切り蹴って、飛行を再開する。そのまま天井すれすれをまっすぐに巨大ゴブリンの方へ。

 俺の飛ぶ跡を追うようにして、天井に次々に突き刺さる金属片。


 すべてを避けきり、あと一息で巨大ゴブリンの頭上という時。

 目の端にうつる、飛び上がってくる影。

 俺は空中で、強引に体を捻る。


 蜘蛛のような男が、あり得ないぐらいの脚力で飛び上がり、手にしたハンマーを俺に向かって叩きつけてきた。


 俺の顔面すれすれを通り、天井に叩きつけられたハンマー。

 風圧で前髪が揺れる。

 それだけで、何故か肌がぞわぞわする。


 蜘蛛のような男の無機質な瞳が、ギョロりとこちらを覗きこむ。


 本能的に蜘蛛のような男から離れようと、俺は天井を蹴る。そのまま巨大ゴブリンを先に始末しに、その頭部を狙いに行く。


 その間に、巨大ゴブリンが再び懐に手を入れていた。

 知覚が加速され、ゆっくりと流れ始める時間。

 それでも驚異的な速度で俺へと迫る、巨大ゴブリンの投擲。


 ──くっ、回避は無理。酸の盾じゃあ、溶かしきる前に突破される。怪我覚悟で、これかっ


 俺はクロスした腕で顔面を庇い、頭から垂直に落下する。


 ──イド生体変化


 次々に、クロスした腕に突き刺さる金属片。それも釘ばかり。

 まるで釘バットのようになる、俺の両腕。


 しかし、硬化させたおかげで、何とか貫通することだけは防ぎきる。

 そうして、巨大ゴブリンの投げた無数の釘を、強引に突っ切る。


 開けた目の前には、巨大ゴブリンの首筋。

 俺は釘が刺さり、満足に動かない左手で、何とかそこに触れる。


 ──強制酸化っ


 通りすぎ様、カニさんミトンで触れていたゴブリンの体の部位が酸化していく。それは巨大ゴブリンの首筋から始まり、背中へと。


 そして、迫りくる地面。


 俺は床を回転するようにして、巨大ゴブリンから離れる。その後を追うようにして、溶けて、縦に半分に裂けた巨大ゴブリンの体が倒れこんできた。


 下敷きになることを免れた俺は、急ぎ立ち上がる。

 今ごろになって襲ってくる激痛。

 俺は何故かぼーとこちらを見ている蜘蛛のような男を良いことに、急ぎイド生体変化で腕の怪我を直していく。

 肉が盛り上がり、釘が押し出される度に、言葉に出来ないぐらいの苦痛が走る。


 何故かそんな俺の様子を興味深げに眺めている蜘蛛のような男。


 男が口を開く。


「お前さん、それ、スキル付きの武器だな」と、何がそんなに楽しいのか、ニタニタ笑いながら。


 俺は無言で突然話し出した男を見つめる。男の言葉に、一層警戒を強めながら。


「どうだい、お前さん、取引しないか?」と蜘蛛のような男がハンマーを肩に担ぎながら、そんな事を言ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る