第107話 数の暴力

 ネカフェの外壁に叩きつけられる俺。

 衝撃で飛びかけた意識を気合いで保ち、すぐさま俺はイド生体変化で怪我した部分を修復していく。

 地面に転がった俺に、ゴブリン達がここぞとばかりに殺到してくる。叩き付けようと降り注ぐ、鈍器の雨。

 頭だけは何とか抱え込み、加えられようとする攻撃から守ろうと構える。


 その時だった。

 ゆらりと江奈さんがネカフェの入り口から姿を現す。

 蒼い。

 次の瞬間には、俺の隣に。

 風が巻き起こる。

 俺の真横で、踏みこまれる江奈さんの右足。ちらりと見えた右足のアザも蒼色を帯びている。


 その震脚で、アスファルトが、そして大地が。

 陥没する。


 その衝撃をのせ、振るわれた江奈さんの拳。

 俺の漆黒に染まった瞳には、蒼色に染まったイドが見える。粘り気のある巨大な塊となって、江奈の拳にまとわりつく、それ。


 そして、もたらされたのは、純粋な破壊。

 一振りで、ごっそりとゴブリン達の命が散っていく。

 血肉の花を咲かせて。


 そのまま次々に繰り出される、よくわからない武術っぽい型にそった拳。どこかで一度見たことがあるようなその動きに合わせ、あっという間にゴブリン達がただの挽き肉へとすり潰されていく。

 ホブゴブリンらしき巨体も、その運命からは逃れられなかったようだ。気がつけば蒼色の暴力に捕らわれ、全身をバラバラにされていく。

 四肢を失い。

 腹に風穴が空き。

 残ったのは、驚きで固定された表情をたたえた顔面。

 それも次の瞬間には飛び散る肉片と化す。


 気がつけば辺りは静寂に包まれていた。


 イド生体変化で傷を癒した俺は立ち上がる。目の前の、ポツンと佇む江奈さんに声をかける。


「朽木? あれ? どうして後ろにいるの──」と不思議そうな表情で振り返る江奈さん。


「助けなきゃと思って、私……」と、急に表情の曇る江奈さん。その視線が周囲へ向けられる。状況を慎重に分析している時の目をする江奈さん。


「記憶は、ある?」そっと聞いてみる。


 大きく息を吐く、江奈さん。


「ええ。ある、わ。これはアクアの力、なのかしらね。アクアの記憶にアクアの力。でも、意識が乗っ取られてはいない、と思う」と最後だけ自信なさげに答える江奈さん。


「確かにアクアなら、俺を助けようとはしないね、絶対。助けてくれてありがとう、江奈さん」と俺は遅ればせながらお礼を伝える。


 何か言おうとして、突然、江奈さんはガクッと膝をついた。


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